Warminster〜North London

Wednesday 20th June
その日の朝御飯は別棟の母屋の方で取ることになっていた。コテージを出ると、昨日の大きな犬がおはようを言いに寄ってきた。娘は湖水地方でノラ犬に吠えられて以来、つないでいない犬が苦手だ。パパに甘える犬。娘はやってきた猫をなでなでしていると、母屋の奥さんが出てきた。




奥さんは気をきかして「昨日の人に電話しなくていいの?」と言ってくれてDipperさんちに電話をしてくれた。Dipperさんちの番号が電話のメモリに残っていたのだ。電話をすると奥さんのロザリーさんが出てきた。以前と同じ元気な張りのある声だ。「今朝は11時にでかけなくちゃいけないの。とにかく来たら?急いでね」

というわけで、母屋の素敵なダイニングでの朝食もそこそこに10時に宿を出発した。 何度も通った道だし地図を見ながらなので、すぐに着けると思ったが、なんと経過した町の中で迷ってしまった。また、途中事故渋滞もあり、Dipper宅についたときには11時を30分も遅刻してしまった。とにかく家のベルを鳴らすと娘さんのマディが出てきた。中で待っててくださいというので、遠慮なくお邪魔することにした。すぐに彼女はお茶を入れてくれてウチの娘にはジュースをくれた。最初にDipperさんちにお邪魔したときは10歳のお嬢ちゃんで、TVなんかを見てた記憶があったが、すっかり感じのいいお嬢さんに成長していた。彼女は今大学で学んでいるらしく、同級生にはフレンチホルンで留学しているトモという名前の日本人の男の子もいるらしい。いくつか覚えた日本語をしゃべってくれた。また、サッカーも好きで、イングランドのユニフォームを着ていた。日本にはサッカーみに行きたいけど、、行けないわ、なんて事も言っていた。いろいろ話を聞くと彼女は飛び級で1年くらいで高校の課程を終えてしまったらしい。大学の勉強は大変だけど、心理学の勉強ではお父さんが宿題を手伝ってくれて、お父さんの方が物知りになっちゃった、なんて事もきいた。「2年前にここに来たときはマディはロンドンでオーケストラでトランペットを吹いてるって聞いたんだけど」というとマディは「もうオーケストラはやめちゃった」と言っていたが、ピアノは続けているらしい。マディはウチの娘にウサギをみる?と言って表に連れていってくれた。ウサギの囲いは前回来たときよりも広がっていた。ウサギの顔ぶれもちょっと違うように見えた。マディは「ウサギがケンカするんで、広げたの。前のは死んで、今のはその子供よ」最初にDipperさんちに来たとき、奥さんのロザリーさんは、「娘はウサギ大好きなの」と話していたが、あれから数えるともうウサギも何代目だろうか?Dipperさんちの庭はきちんと手入れをしているような庭ではないが、なんとも自然でいい感じだ。マディはウサギを抱いた拍子にイングランドの白いユニフォームが泥で汚れてしまったので、脱いで洗濯機にいれにいった。

ウサギ好きのマディ


ウサギを抱かせてもらう。
お茶をいただいて12時近くになったので、近くのパブで昼食を取ってくると言って徒歩でDipper家を出た。マディはこの近所のRed LionかAngelにいれば迎えにいくから、と言ってくれた。Red Lionがやってなかったのでその先のAngelに行った。お客さんが全然いないので緊張したが、例によってビールを頼んでから、サンドイッチを注文した。ポテトが添えてあるか質問したら、ないというので別に出して貰うことにした。ビールを飲んで待っていたらやっと別のお客さんが一組やってきた。ドレスアップした老夫婦だ。男性の方は歩くのも不自由な感じだったが、奥さんが「あなた足下気を付けて」といいながら先を歩いていったその瞬間、段差につまづき床にドーンと倒れてしまった。もう倒れないように体を支えるとかいったアクションも何もなく、いきなり大の字にドーンだ。びっくりしてお店の人もみんな立ち上がって助け起こした。夫がトイレから出てきて「どうしたどうした?」といって一緒に助けに加わった。お店の人も女性ばかりだったが、どうやらおじいさんを席に座らせ、「何か飲む?」とか何とか聞いている。やがて、その子供らしい夫婦もやってきて「大変だったのよ」という話をしながら同じテーブルについた。私たちもテーブルについて、もう一度その家族に目をやると、さっき倒れたおじいさんは赤ワインを飲んでいた。「大丈夫かよ、ワインなんか飲んでー」と夫と思わず言ってしまった。(しかし、西洋ではアルコールは気付け薬っていう考えもあるか)

サンドイッチがきて食べはじめたら、マディがお父さんのColin Dipperさんを連れてやってきた。やっと会えたDipperさんと握手。感動だ。食事を終えて、5人で店を出た。

Dipperさんの提案で来たときとは違う裏側の道を通って帰ることにした。店の横の道には周囲の家とは少し変わった高い家が建っていた。「ここの人は奥さんがデンマーク人で、ホームシックの為にデンマーク風の家を建てたんだよ」とDipperさんの説明。「もうすぐ夏至のお祭りがストーンヘンジであるんだよ。去年は私たちも行ったけど、まあ週末だから道は混まないと思うけどね」等と話しながら古い教会の敷地を抜けDipper家についた。奧さんのRosalieさん、そしてDippeさんのお父さんもいた。息子のJohnはいなかった。ウチの娘がトイレを借りている間、夫はDipperさんの年とお父さんの年を聞いたらしい。

Johnの事を聞くと、今は独立してガールフレンドと住んでいるらしい。アンディ・カッティングにJohnの音楽活動の事を聞いたと言ったらRosalieさんはいろいろと話してくれた。JohnはこれからTeignmouthのフェスで見る予定の若手バンド=Dr.Faustusのコンサティーナ弾きのRobert Harbronとも一緒にやってることなど話題に登った。2年前は私たちの目の前で次から次へ飽きることなくフィドルの演奏をしてくれたJohnがこんなに活躍してるなんて、凄いなあ、と思ったが、2年前きっとJohnはこうなるだろうなと私たちは予想もしていた。それだけ彼のフィドルは聞いていて楽しかったのだ。(あの時のビデオはマニア必見のお宝映像だなあ。)

Rosalieさんは前回の訪問の時に、ウチの娘が持参して食べたカップヌードルの入れ物(「赤いきつね」のミニカップ。奥さんはレッド・ドラゴン・ヌードルと言ってたが(^_^;))がコンサティーナの蛇腹を作るときに使う糊を溶くのにとても良かったと言っていた。イギリスのヨーグルトの入れ物はふにゃふにゃでダメなのよね、と。ウチの娘のカップヌードルの入れ物で溶いた糊で作った蛇腹のコンサティーナが世界中の誰かの元に届いているかと思うとちょっとおかしい。そういえば数年前ウチがDipperさんちにビデオメッセージを持っていったPIOさんのコンサティーナもやっと完成して先週送ったんだよ、なんて話もしていた。(その後無事届いたのかな?)

それから先日出来上がってアメリカに発送直前のウッドエンドのコンサティーナも見せてもらった。相変わらず素晴らしい出来映え。音のでる工芸品だ。ちょっと触らせて貰ってから、「これから私たち食事するから、汚さないようにこっちに置くわね(^_^)」と奥さんが後ろのcupboardに置いた。この家のものはみんな古くて貫禄のあるものばかりだが、階段脇のこのホコリだらけのcupboardは特に素晴らしい。家の中のいろんなものがさりげなく雑然と置いてあるのだが。

そういえば何回目からか、Dipperさん宅を訪ねても「コンサティーナの注文云々」の話をしなくなってしまった。ウチのコンサティーナはその都度里帰りさせているが、調子はすこぶるいいようだ。Dipperさんは里帰りした楽器との再会を本当に嬉しそうな顔でしている。ああ、失礼のないように一生懸命弾かせて貰わなくちゃと思う。 「コンサティーナは弾けば弾くほどトラブルが少なくなる」とDipperさんもRosalieさんも口を揃えて言う。

昨日のお葬式の事は娘さん、Dipperさんとそれぞれ聞いたのだがRosalie さんの話が一番わかりやすかった。叔母さんに当たる人が94歳でつい前日まで元気に働き、「今日はなんだか寒気がするわね」と言って寝たまま起きなかったというのだ。どういう英単語で言ったかは忘れたが、Rosalieさんは晴れ晴れした顔で「大往生よね。幸せよね。」と言っていた。こういう感覚は日本人もイギリス人も共通なのだな、と思った。叔母さんの家に行く車の中ではDipperさんが助手席でずっと楽器を弾いてたらしい。うるさかったとRosalieさん。

「そう、それにしても日本ではどうしてワールドカップでイングランドの旗振ったりして応援するの?」と鋭い質問がRosalieさんから出た。イギリスのTVでも散々日本のベッカム・フィーバーの様子を放映していたのだ。「ベッカムがかっこいいから」というと「彼は息子を大事にして、いい人なんだけど、ちょっとオバカなのよねー」とRosalieさん。やっぱりそうだったのかー。

(そういえば、MiddlewichのフェスでAndy Cutting会った時には開口一番に"You escape the football games! " ”イエーイ!(<よく来たよく来た、みたいなニュアンス)”と言われたんだっけ。「イギリス人は(サッカーの応援が)クレイジーだろー」とちょっとうんざりみたいな事も言ってました。)

Rosalieさんはドライブ中遊べるようにと娘の為にオモチャをプレゼントしてくれた。ヘビのぬいぐるみと落書きボードだった。「あなた達に会えて本当に嬉しかったけど、もうそろそろ出ないと。ロンドンに行くんでしょ」いつも後ろ髪を引かれる思いで後にするDipper家であった。


2時すぎに出発して、夕方にはロンドン近郊にまでやってきた。環状道路のM25号は混んでいてイライラしたが、事故渋滞のようだった。北側のWalthamstowで降りて一度間違えて反対方向へ行ってしまった。黒人など移民の住むちょっと荒れた感じの町並みも通過して、信号待ちでは車の窓なんかを磨いてお金をせびる人もいたりなんかしてちょっと怖かった。ああ、やっぱりロンドンは怖い。モタモタしてるとやたらとクラクションも鳴らされるし。
でもめげずになんとか戻って、予約したビジネスホテルに到着した。建物はいわゆるビル。いままで田舎ののんびりしたお家にとめて貰っていたことを思うと緊張する。ああ、やっぱり外国にいるんだと気を引き締め直す。フロントに入るとスティング似(ああ英国)のスタッフが応対してくれた。営業とはいえ、ニコニコしていたのでちょっと安心。車を奧のほうに動かしてから荷物を部屋に運んだ。(記憶にないが日本でいう3階か4階だったかな)何故かエレベーターはバーのフロアにあって、乗り降りするのに椅子が邪魔だったりした。部屋はビジネスホテルそのもので、清潔。この旅行ではじめて電話がついていて、やっとメールも見ることができた。イングリッシュ・カントリーダンス・バンドのライブは7:30からだったので、少し休憩してから出かけることにした。
一通ばかりで日本なみに運転しにくい道を通って、会場のパブThe Old Rose&Crown(http://www.ken.lees.clara.co.uk/oldrose.crown.html)に到着。駐車場も何もないので、路駐したが、問題はないようだった。そのパブはとても大きくて内装は剣とか鎧とか時代がかった調度品で飾られていた。中はお客さんが沢山いて、どうもミュージシャンらしき人はいたようだが、会場の案内も何もなく、お店の人もなかなか注文を聞きに来てくれない。なんとかつかまえて会場をきくと、フォーククラブは2階だが、まだ会場はオープンしてないと言われる。飲み物を注文するが、食べ物はとても注文できる状態ではなかった。 7時になったので、フォーククラブのある二階に上がることにした。階段は店の入り口付近にあった。Rod Stradlingが私たちを見つけて握手に来てくれた。Paul BurgessもJaneもいた。なんと5年ぶりの再会。会場に入ると、その日のフォーククラブのホストの人がにこやかに応対してくれ、「規則では会員以外は入れないんだけど、特別に」といって中に入れてくれた。事前にRodにもメールで連絡しておいたので、子供の入場も大丈夫だった。イングリッシュ・カントリーダンス・バンドのライブが始まるまでの少しの間、一般の(?)人たちがピアノを囲んで演奏をしていた。アコーディオン、フィドルなど。演奏スタイルはイングリッシュ・カントリーダンス・バンドそのもので、そのうちイングリッシュ・カントリーダンス・バンドのメンバーも中に入って演奏をはじめた。ものすごい迫力。これぞイングリッシュ・トラッド。
イングリッシュ・カントリーダンス・バンドのライブは長いテーブルを前に置き、ビールを飲みながら演奏したり歌ったりというリラックスしたものだった。でも、そのエネルギーは凄い。途中休憩があり、ライブにやってきた人たちが何人か演奏をしたり歌ったりしたが、私たちも演奏を頼まれたので弾くことにした。2人で1曲と私が一人で1曲。久々に人前で演奏して褒めて貰えたのがとても嬉しかった。
イングランドの最もイングランドらしいトラッドバンド、イングリッシュ・カントリーダンス・バンドの演奏を堪能して、その長い一日は終わった。

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