7/30 金 Rosslare〜Sidmouth (day 1)


この日は朝一番の8時のウエルズ行きの船に乗る予定で前日にチケットも買っておいたので、絶対に乗り遅れないように、早めに起きて朝食に降りる。もうすでに他のお客さんも食事をしていた。女性二人連れのようで、一人はライディングブーツのようなものを履いていたので、バイクでのフェリー旅なのだろうか?(かっこいい!) 夫が事前のe-mailで宿とのやりとりを控えたプリントアウトが見つからないといって(宿代が書いてあった)ちょっと慌てたが、なんとか支払いも済ませ、かなりあわただしくも予定通りに出発した。(5分くらい遅れたか?)宿からRosslareの港は10分くらいだったか。チケットも用意してあるし、「余裕じゃん〜」、と思って、フェリーを待つ車の列に並んでみるが、どうもレーンが違うようだ。別のレーンに移り、並んでるおじさんに「ここはFishguard行きですよね?」と夫が聞いてみると「ああ、ウエルズのね!」とニコニコしてるので大丈夫かと思ったのだが、念のため係の人にチケットを見せると「いやいや、ここじゃない!あっちだよ」とまたまたレーンを間違えていたことが判明。ウチの乗るべき船のレーンは6番でチケットに殴り書きのような字で書いてあったのだが、かなりのはじっこの方で、すでに他の車は乗船済みだったのだ。あわてて船の方へいくゲートをくぐり、係の人に「あっちね」と確かめつつ、それでもまた道がいくつかに分かれてて別の船に乗りそうになり、係の人が走ってきて「違う違う!」と怒鳴ってるのが聞こえたりして、やっと船に乗れたのは出航ぎりぎりの時刻。ウチが一番最後の乗船であった。しかし何度間違えれば気が済むんだ〜!
ウエルズに戻る船はStenaline社のもので行きのIrish Ferriesよりも少し船が小さかった。行きも帰りも高速船を選んだので少し割高だったが、両方とも2時間くらいの航海だった。帰りは行きよりも天気がよく、かなり寒かったがデッキに出て景色を見ることもできた。朝早かったが夫はビールを買ってくる。私はM&Mのチョコを買ったが、なんか高くてビックリ。残ったユーロをうまく使おうと思ったが5ユーロ札が残ってしまった。
そうこうするうちに、進行方向側に陸地が見えてきた。10時すぎにウエルズのFishguardに到着。あとは、聖地Sidmouthを目指すのみ!

Rosslareの宿

Ferewell to Ireland!

イングランド上陸

高速M5に乗る

サービスエリアで雑誌を買った。
おまけはプリンセスのネックレス。
中くらいの規模の道路であるA40からA48を経由してSwanseaへ。Swanseaからは最大級の道路M4で西へ向かう。今まで何度となく横断したウエルズとイングランドの境(それは湾にかかる橋)までやってくると今度はM5にルートを取り南下する。途中サービスエリアで昼食を取る。バーガーキングのmealセット。日本で言う所のどかたのお兄さんたちが、上半身裸でホカ弁ならぬハンバーガーを買いに来ている。娘は雑誌のおまけのネックレスをアイルランドのホテルにおいてきてしまったので、私は売店で他の雑誌を娘に買った。1.5ポンド。
M5の終点Exeterに着く少し手前で宿のあるHonitonへ向かう道路に降りる。宿は今度もFarmだ。Honitonのメインストリートの郵便局近くの道路を折れて、くねくね道を目印を頼りに進む。不安になるくらい次の目印がない所もある。本当にこれでいいのかなあ?という様な小さい道路標示を折れて、うっそうと茂った道をガタンゴトンゆれながら道を降りてしばらく走った所に低いレンガの塀が見えて、そこのプレートにSmallicombe Farm と書いてあった。 中に入ると広いという感じではなかったが、小ぎれいなレンガの建物と緑が広がっていた。宿のおばさんは優しそうな物腰のショートヘアの中年女性。入り口のすぐ右はダイニングになっていて、左すぐの扉は狭い階段。そこをがんばって上るとてっぺんがウチの頼んだファミリールームだ。素晴らしい。広いベッドルームの奥は2段ベッドのある子供部屋。そしてその奥がバスルーム。部屋にはこのファームのシンボルであるブタの置物や飾り物などがさりげなくおいてある。ベッドは熟睡できそうな大きなダブルベッド。部屋にはベビーベッドも用意されている。
部屋でゆっくりしたい所だが、毎度の事ながら、フェスの会場へ急ぐことに。宿のおばさん(Maggieさん)がSidmouthへ行くのだったら、と地図を広げて近道を教えてくれた。さっきのHoniton経由ではなく行く方法があるのだ。しかし、これが後でアダに。。。

部屋の窓からの眺め

子供部屋にはこんなにかわいらしいコーナーもある。
Maggieさんに言われた通り、車でHonitonの町に戻る途中のゴルフコースから折れた道を下り、Sidmouthの町へ入った。長年憧れていたSidmouthの町にいよいよ足を踏み入れたのだ。

Englandはここ数十年のことだと思うが、夏のフォークフェスティバルが盛んで、殆ど毎週、どこかしらの町で開催されている。でも、私たちは95年にイギリスのフェスに通い出してから、会う人会う人に「フェスが好きならSidmouthに行かなくちゃ!」と言われ続けていた。あのWood & CuttingだってSidmouthで最高のライブ盤を録音している。一体どんなフェスなのだろうか?イングランド最大と言われ、他のフェスには行かなくてもここだけは行くという人も多いという。行きたいのはやまやまだった。でも、この8月の夏休みの時期は航空券が高いのだ。ずっと老後に来ようなんて言ってた。でも、なんだか勢いで今年来てしまった。人生勢いのあるウチが花か。


憧れのSidmouthの町に入る!

チケットオフィス

駐車場


さて、いよいよSidmouthの町に入った等と感慨にふける間もなく、事前に入手したフェスのプログラムの裏表紙の地図を見ながら、Ticket &Box Officeを目指して走る。Trowbridgeのフェスの時にChris Timsonさんに聞いていた「フェス公認の会場じゃないんだけど、イングリッシュミュージックのセッションをやるパブ」Radwayがすぐに見えた。その後はオフィシャルな会場であるVolunteer Inというパブも見えた。さらに走るといよいよ海。その少し手前にTicket &Box Officeらしきものが見えた。駐車場はここでいいのか〜、よくわかんないけどおいちゃえ〜。 と車を置いてチケットをもらいに。事前にやりとりしたEmailの控えを見せてチケットを貰う。ウチはファミリーチケットで子供が2人までセットになる。子供チケットは一枚無駄になるが、値段は同じなので、予備に取っておくことにした。たまたま日本から持っていったパス入れがあったので、それにチケットを入れる。みんな首からチケットを提げている。あの記念パス入れほしいなあ。(結局入手しそびれたのだが) フェスのサイトです


フェスティバルアリーナショウグラウンド
木の左下のテントが客席への入り口。
正面のテントはステージ&楽屋

木工の出店
ここでキノコ形のワインの栓を買いました。
巨大なキノコは庭にでも置くのか?

無事チケットをゲットし、フェスティバルカーパーク(早い話公認駐車場)へ車を置きに行く。結構上り下りのある町だ。駐車場も農場を借りているのか、狭い道をどんぶらこと進ませる。しかし!入り口で「パーキングチケットがなければ停められないので、貰ってこい!」「そ、そんな〜」もう一度海岸のオフィスに引き返しチケットを貰った。これも別料金かと思ったら、そんなことはなかったのでほっとした。今度は駐車場もすんなり入れたが、、夜暗くなったら自分ちの車を見つけるのも難儀だろうなあ。広い町、大きなフェス。いや〜きびし〜。
車から降りようとしたら娘がチケットを無くしたという。15分くらい車の中を探したらやっとあった。親もぴりぴりして、娘にはチケットを絶対なくさないようにきつくしかる。楽器と少しの食料を持って歩き始める。駐車場からメイン会場であるアリーナショウグラウンドは比較的近い。(が10分くらいはかかるか)そこは町中の広大な公園で丘の斜面を利用して天然のアリーナが作られていて、ステージは手前の低いところにある。そこはチケットのない人は入れないようにシートで囲まれているが、他は楽器や衣類、食べ物飲み物、子供の玩具、民芸品、手作り品から庭用品までいろんな出店が出ていてそれはそれは楽しい。一番駐車場に近い入り口付近にはお馴染みのHobgoblin Music ,Music Roomなどの楽器屋が軒を連ねている。Trowbridgeで会ったばかりのNeilにもすぐに会えた。97年ごろにバイトで入っていたChris君も何故かいた。前に辞めたと言ってたのだが。彼は久しぶりに会うのに、全然意外そうな顔をしていなかった。
アリーナショウグラウンドの真ん中へんにはTrowbridgeにも来ていたメリーゴーラウンドやブランコなどもあった。娘がまた乗りたいといったが、これはまた今度ぼちぼちだ。 一通りアリーナショウグラウンドを見て回って今度は町に出る。


日本のエポック社製シルバニアファミリーのイギリス
バージョン。日本では見かけないアイテムばかり。
タープがイギリスっぽい。ウサギさんになりたいよ〜。

われらがシルバニアファミリーの
イギリスバージョン。この馬車はキャンピングカーみたい。

楽器とビールのタンブラーを持って。
これがSidmouthスタイル?

カモメが海辺の町情緒を醸し出す。

アリーナショウグラウンドを出て海側へ下っていく。リゾート地としても知られているだけあって、町並みもにぎやかで美しい。歩きながら、フェスティバルの会場があることを確認するが、町じゅうに点在する会場と会場の間は結構離れている。事前にコンサティーナプレイヤーのPeter Trimmingさんから「Sidmouth攻略法」のメールを貰っていて、とにかく歩かなければならないという事は聞いていたが、これほどまでとは。楽器運搬のカートやどこでも座れる椅子などもあると良かったと思う。
この日はフェスの初日でこれといったライブもないので、まずはイングリッシュセッションの行われる"Radway Inn"へ行くことにした。すでにかなりの混雑で食事の用意もないというので、隣のアラブ系(?)のファーストフードのお店で食事することにした。意外にも愛想のいいおじさんにフィッシュ&チップスを頼み、手短に食べてRadwayにとってかえす。日本で言うとこの店は駅前のコロッケ屋みたいな感じか?子供達がチップスなどを買っておやつがわりという感じで食べていた。できればRadwayのリアルエールとフィッシュ&チップスを一緒に食べたかったが仕方がない。RadwayにはChrisとAnnがコンサティーナを携えてすでにいた。店の中はもう人でいっぱいでウチは取りあえず狭いガーデンに場所を取り、すこしづつ中へ入っていった。もう座る場所もなく、こういう時、アコーディオンのハードケースを持ってきて椅子代わりにしたらよかったなあと思った。または立って演奏できるように、アコーディオンにストラップを2本かけてくればよかった。
丁度English Country Dance BandのPaul Burgessさんも着いたところのようだった。こういう一流のプロの人と一緒にプレイできるだけでもイギリスに来た甲斐があるというものだ。そればかりか「蛇腹ホームパーティのメンバーを歓迎して」と言うような事を言ったかと思ったら、"Walter Bulwer's No2,No,1"を突然弾いてくれた。
どうもこの場の人たちはウチらが米山永一さんやパソ通の友達と97年頃怖い物知らずで作った「蛇腹ホームパーティ」というCDの事をみんな知っていて、いろいろ話しかけてくれるのだった。勿論私たちはBurgessさんとは97年にRod Stradlingの家で会っていて知っている。 こんなばりばりのイングリッシュミュージックのセッションは初めてイギリスに来て初めて参加したChippenhamのフェスティバル以来かもしれない。
娘も自分のおもちゃアコーディオンを出したりして面白がっていたが、すぐに飽きてしまってなかなかセッションに熱中させてもらえない。そろそろ日も傾いてきたので、帰路につくことにした。

イングリッシュセッションはここにきまり!
Radway Inn

勿論ビールはリアルエール。
ハンドポンプでついでいる。

Paul Burgessさん

セッション

セッション

Radwayからさっき車をとめたFestival Carparkは町を横切るような形で歩かなければならない。これが結構な上り坂だ。駐車場の近くの家の付近で私と娘は夫の楽器と荷物を預かり、そこで待っていることにした。駐車場もかなりの上り坂なので、夫がさっと一人で車を取りに行き、荷物をここで載せた方が良いという。もう夜の10時頃だったのだが、まだ空は夕焼け空。薄暗い程度だ。上の駐車場から車が降りてくるたび、この車かなあ?と思いつつ15分くらい待っていたら、ウチの車がやってきた。道の真ん中なので速攻で荷物を積み込み、出発した。町を北に走っていくとさっきは通らなかったフェスティバルの広大なキャンプサイトが見えた。一体どれだけの人がキャンプをしているのだろうか?しかし、さっきはキャンプサイトを通らなかったということはどういう事か。どうやら道を東側に取ってしまって迷ってしまったので一旦Sidmouthに戻ってからまた北上し、さっき宿の方から下ってきた道を行くことにした。その道と町へ降りる道の合流点の目印はOLD HENとかいうパブだったので、そこから道を曲がったが、さらにゴルフ場に上がっていく道を見失ってしまった。目印もなかったのだ。もう日はとっぷりと暮れてしまった。しばらく走ると別の海岸の町に出てしまった。ここがどこかわからない。地図を見ようにも真っ暗で見えない。アイルランドから走ってきたので、ガソリンも無くなりそうであせる。道は標識がよく見えず、対向車もまばらで、どこも同じような景色。そして街頭も殆どない。まるで夢の中をさまよっているかのように暗闇を1時間半ほど走り、(本来であれば30分の道のり)EXETERまで行く広い道路A303を見つけてHonitonまで戻り現在地を確認することができた。大体この町にも東から入ったのか西から入ったのかもわからなかったが、目印の郵便局が確認できたので、その道を曲がってさっきの目印の記憶を頼りに進んだ。なんとか帰れたかと、うっそうと茂る道を降りていったら、今度は見慣れない集落がある。こんな所にもこじんまりと暮らす家があるんだなあ、と妙に感動しながら、道を一本間違えた事に気がついた。もう一本先の道も随分の距離がある。本当にこの道だったかなあ?と降りていったらやっと宿があった。着いたのは12時前だった。このままイギリスの田舎道でガス欠でエンコしてしまったらどうなったのか?こんな怖い思いは初めてだった。娘はすでに車の中で熟睡だ。長い一日だった。明日は迷わない様に、よく道の目印を覚えておかなければならない。

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