1995年のイングランドの旅


416 [95/06/04 16:05] NBE01002 COCO/帰国報告
取り敢えず帰国いたしました。いやぁ、凄い旅でした。メロディオン好きが
2人揃うとここまで凄い旅になるとは.........。自分で言うのも何ですが、
音楽は言葉を越えたコミュニケーションの手段
であることを痛感いたしました。おおまかに旅行の日程を紹介します。

5/20(土) ロンドン到着
  21(日) FELIXTOE FOLK FESで神様JOHN KIRKPATRICKにあう
  22(月) CRAWLEYのHOBGOBLINに行く。メロディオン弾きの店員のNEILと友達に
  23(火) ロンドンのCECIL SHARP HOUSEでモリスダンスのワークショップに出る。
  24(水) ヨークシャーのDAVE MALLINSON MUSICに出掛ける。夜カントリーダンスパーティ
  25(木) ロンドンに戻りCECIL SHARP HOUSEでケイリーパーティ
  26(金) CHIPPENHAM FOLK FES.
  27(土) CHIPPENHAM FOLK FES.一日2回のアイリッシュセッション ジョンカークに再会
  28(日) CHIPPENHAM FOLK FES.蛇腹に美味しいイングリッシュのセッション
  29(月) CHIPPENHAM FOLK FES.アイリッシュのセッションでジーンとくる。コンサーティナ
        のワークショップ BRIAN PETERSに会う。
  30(火) WARMINSTERのDIPPERさん家、工房訪問 バース観光
  31(水) BRISTOLのホブゴブリン訪問 ロンドンに戻る
6/ 1(木) 再度CECIL SHARP HOUSEでケイリー。CRIS TURNERと名刺交換
   2(金) 帰国
   3(土) 日本到着

421 [95/06/06 13:02] NBE01002 COCO/買物リスト
今日やっと新しい電話が入ったので自宅で通信を始めました。でも、パソコン
を乗せる台がないので、キーボードはアコーディオンに箱にのせて打ってます。
まず旅で買ったお買物リスト。
楽器/SALTARELLE IRISH BOUBE D/G、GREMLIN CONCERTINA D/G ウッド
   SHERWOOD マンドリン(4〜5万程度のもの)これらは全て旦那のもの
  BONES(木製、骨製)、バウロンのスティックにブラシがついてるオトボケ
  な便利もの、オレンジ色のリコーダーなど。
  MORRIS DANCER のTIMBER TOY
楽譜、資料など/DAVE MALLINSONのCOTSWOLD MORRIS,NORTH WEST MORRIS楽譜
テープ。MORRIS TUNE、イングリッシュカントリーダンスの
楽譜類数冊。
CDテープはCRIS PARKINSONのソロのテープ”PARKY” BRIAN PETERS のテープ
(80年代のもの)R.CAJUNなどのものの他、現地で知合ったミュージシャン
たちの自主制作テープがまた素晴らしいです。
それから、コンサーティナスクィーズボックスのバックナンバーは旅で見つけ
る事ができませんでした。今回この雑誌のイギリスのディストリビューターであるDIPPERさんの奥さんに
も会いまして、その話はまた別の機会にでも(^_^)

422 [95/06/06 13:02] NBE01002 COCO/イギリスの旅
イギリスの旅ですが、今は航空券もかなり安く8年前に行ったシンガポール航空の
券よりも1万円も安く全日空の直行便が取れていい時代になりました。14
時間程でロンドンに到着です。昼間日本を発ちずっと太陽を追いかけて着いた
ロンドンもまだ昼間。これで夜9時半まで明るいんですから一日が長過ぎる。
国内の移動は鉄道でしたが、やはりイギリスも車が便利で次回は出来れば車が
いいなと思いました。御存知の通りイギリスは右ハンドル日本と全部同じです
し。前にあげた日程を見るとハードなようですが、イギリスはそんなに広く
ないので、一番遠いリーズでもロンドンから2時間で着いてしまいました。
今回アイルランドを取止めたので、ブリットレイルパスは少し高くついて
しまったかもしれません。
さて、ロンドンについた一日目、空港について両替をしたとたん頭がクラクラ。
お金の単位がどうにもつかめず、ロンドンへ向うバスで運転手にお釣りを間違
えられた事にあとで気がついたり。取り敢えずユーストンまでつき、あとはタク
シーでホテルまで。ホテルは旅行代理店に取って貰ったのですが、思ったより
きれいで可愛いホテル。フロントの言葉使いが丁寧すぎて、さっぱりチンプン
カンプン。おまけに明日は空いてないとの事でいっきに暗い気分になってしまい
ました。ロンドンは何といっても地下鉄。これを乗りこなさないとロンドンに
行った事になならないのですが、これも8年ぶり、すっかり乗りかたを忘れて
しまっていました。オクスフォードサーカスから一回乗換えでセシルシャープ
ハウスのあるカムデンタウンは£1程の距離。セシルシャープハウスはカムデン
の蚤の市の立つ反対側にあり、少し歩いた閑静な住宅街にあります。しかし、
時間はすでに7時を回っており(飛行機が遅れたせいだ)お目当てのFOLK SHOP
も閉店で館内は人気がない。それに、その日にやってきたオバチャンたちの話
によると、土曜の夜はケイリーじゃなくて、ジャイブかなにかのレッスンで
フォークミュージックは火曜日に来るべし、との事だったのでした。それで
その日はすっかり落胆して帰ったのでした。

423 [95/06/07 23:42] NBE01002 COCO/FELIXTOE FOLK FES.
次の日は日曜日で、ホテル周辺はロンドンのどまんなかという事が信じられない
位に閑散としずまりかえっていた。日曜だから、食事も時間が遅く、夕べは
殆ど眠れなかった事もあり、それにホテルの当日の予約もなんとかできたりして
出発の時間は9時をまわってしまった。この日はFELIXTOE FOLK FES.でDAVE MALL-
INSONのワークショップが朝10時からあり、これはさすがにあきらめざるを得な
い。しかし3時からのJOHN KIRKPATRICKのライブは間に合いそうだ。ホテルの人に
試しにFELIXTOEの行きかたを聞いてみたけど誰も知らない。例えば東京のホテル
のフロントで「三浦海岸の行きかた教えて」っていえば簡単に答えが帰ってきそ
うなもんだけど、こっちのホテルの人は誰もロンドン以外の事を知らないよう。
取り敢えずリバプールストリート駅に行き、そこでFELIXTOEまでのチケットを買
おうとすると、駅員が「日曜にはFELIXTOEまでの列車はないよん」との答え。
「んじゃ、バスでもでてる?」と聞くと「ワシャしらん」とこれまたそっけない
答え。後に長い列が出来ているのでとっさの判断で最寄のイプスウィッチまで
チケットを買う事に決定。電車の出るホームも聞く人によってマチマチで訳が
わからなかったけれどなんとか電車に乗込み、ボンヤリと40〜50分も乗った
かと思ってたら、電車の乗客がみな降りてしまい、新たに乗ってきた人に「この
電車はここで折返してロンドンに戻るよ」と教えてもらったのはいいけどあとどう
していいのかわからない。駅員に聞くと、「ワタシについておいで」と言ってバ
スまで案内された。私も夫も唖然としていたがどうも日曜で振替輸送をして
いるらしく、思わぬバス旅行に二人とも少し嬉しい。バスは田舎道を飛ばして
またも鉄道の駅についた。それからもう一度鉄道にのってイプスウィッチに着
いたのは12時すぎ。駅の案内所で聞くとどうやらFELIXTOEまでのバスがある
らしい。しかし、あと30分またなければならず、それを待っているとチケット
オフィスが閉ってしまう。10分くらい考えた末、タクシーで行く事に決定。
案内所で聞くと10ポンドくらいだよと親切に教えてくれる。

424 [95/06/07 23:43] NBE01002 COCO/FELIXTOE 2
タクシーでFELIXTOEの市内に入ると日曜には電車のこない町とは信じられない
位の活気だ。のみの市が立ち子供たちがはしゃいでいる。チケットオフィスの
あるレジャーセンターの庭からかすかにメロディオンの音が聞える。なななん
とモリスをやっているではないか。やっっとたどりついたぜと胸が熱くなる。
チケットオフィスに行き、日本で受けとっていたFELIXTOE FOLK FESの案内の
手紙と手紙の主=フェスの実行委員長さんに会いたいと言うとすぐに40代位
の黒い髪の女性が現れた。「いやぁよくきたわねー」とにこやかに歓迎して
くれ、こちらがくちごもっていると「ほらほら、入って入って、いま歌のコンテスト
が終わった所よ」といって会場に案内してくれた。「そうそう、今日はこれから
JOHN KIRIKPATRICKのコンサートがあるけど、これチケットはとってあるから」
とチケットを渡してくれた。£5と書いてあるので渡そうとすると「いいの、
いいの」と受けとらない。こちらはTHANK YOU以外の言葉が思い浮ばないのが
もどかしい。

425 [95/06/08 12:47] NBE01002 COCO/FELIXTOE 3
暫く会場内を回ってから、ジョン・カークパトリックのコンサート会場に向かう事に
した。メイン会場のレジャーセンターから7〜800メートル程の距離だ。
FELIXTOEは港で栄えた町らしいがロンドンからもそう遠くなく、リゾート地と
してまた住宅街として発展している所が自分の実家の七里ケ浜とも類似してい
る。なだらかな丘を昇って会場のハイスクールに来るとグラウンドには5〜6
組がキャンピングしていて静かに午後を過ごしている。学校の講堂らしき所に
入っていくとさっきの実行委員長=ブリジット・ダンビーさんがもう到着していて
「おやおや、あなたがたが一番のりだわ」といってニコニコしている。中に入
れて貰って一番前の席に座ると、ジョンがステージに昇ってテストしたり自分で
横のブラインドを占めたりしているではないか。ステージ上に用意されてる楽器
は例のイングリッシュクロマチック(C#/C/B)とコンサーティナ。全ての楽器の
チェックが終わる。バンドはフィドル、ドラム、ギター、ベースという編成。
ドラムの人はフェアポートコンベンションにいた事のある**(←あとで確認)

ステージは学校の授業か何かで使用した張紙などが残っていて、イギリスの子供
達の生活感がただよっている。ライブが始る前には客は会場の外で待たされるが、
ほどなく開場。事前に場所をキープしておいたが更にブリジットさんが自分の
衣類などを置いておいてくれて強力にキープしてくれた。
ライブのオープニングは何とあの"PEPPER IN BRANDY"。次々とお馴染みの曲が
演奏されていく。ジョンはまた歌も歌う。レコードで聞くよりも一層声量があり
素晴らしい。多くの歌はお客さんたちも唱和している。またバンドも巧いこと。
余裕しゃくしゃくの演奏だ。ジョンはMCで絶えずお客さんを笑わせているが
私たちにままるで聞きとれないし、時差ボケで睡魔が襲ってくる。ステージの
休憩時間中にブリジットさんに「ジョンに会って話がしたい、サイン貰いたい」
とミーハーな事をお願いすると、「じゃあ、コンサートが終わってからね」と
の答え。やった。

426 [95/06/08 12:48] NBE01002 COCO/FELIXTOE 4
コンサートはアンコールが2回くらい。アンコールで戻って来た時にジョン
は「いや、ステージの後側がすぐ外でね。」と笑っていた。こんなイギリス
の普通の学校でジョン・カークパトリックのコンサートが見られるなんて、
まるで夢の中の出来事のようだ。それも彼の最高の支持者であるイギリスの
普通の人々と一緒になんて。ブリジットさんがステージに上がり「25回目の
FELIXTOE FOLK FES.に来て下さってありがとう。これでプログラムは全て終了
です」という挨拶をする。実にアットホームで手作りな雰囲気が漂う。
ステージが終了して待っていると、暫くしてジョンが自ら降りてきてくれた。
日本から持参したCDや会場で買ったアナログなどにサインを貰ってから、
写真を撮らしてもらった。「イギリス人はね、日本人はすぐ写真を撮りたがる
ってジョークにするんだよ、カメラを持ってるとほら日本人だってね。気を
つけたほうがいいよ。勿論今はOKだよ」と言う。横ではブリジットさん達が
「あら、ジョンも世界的スターね」と笑っているが、私たちにとってはそれは
ジョークじゃなくて真実なのだ。私たちにとってはボブ・ディランやミック・
ジャガーと何等変らない存在なのだから。ジョンは6年前にリチャード・トン
プソンと日本に来た時の事を自分から切出した。勿論そのとき米山氏のメロ
ディオンにサインをして奥さんのスー・ハリスに米山氏が扇子をプレゼントした
事も覚えていた。日本から用意して行った厚木のモリスダンスやセッションや
米山氏のコレクションの写真等も見せた。「日本に是非また来て下さい」と
いうと「うん、是非また行きたいよ」との答え。それから来週の末にCHIPPENHAM
FOLK FES.でも再会出来る事を言う。「イングランドを是非楽しんでくれ」と
ジョンは温かい笑顔で言ってくれた。

427 [95/06/08 12:48] NBE01002 COCO/FELIXTOE 5
FELIXTOEからの帰りもまた問題だった。バスも来ないし、勿論駅は閉鎖され
ている。ガソリンスタンドでタクシーの捕まえられる場所を聞く。夫が
メチャクチャな英語で聞いてるなぁと思ったが、ちゃんとお店の人は解って
いた。とにかく元来た道を歩くとラッキーな事にすぐタクシーが来た。イプス
ウィッチまで戻り電車を待つが、少し混んでいる。朝の苦難の旅がウソのよう
にインターシティの列車がサっとやってきて、乗客を吸収し、ロンドンまで
スムーズに着いてしまった。どうやら週末にFELIXTOE方面に実家に戻った人々を
ロンドンに届ける便は日曜の午後には多く出ているようだ。

428 [95/06/12 22:35] NBE01002 COCO/CRAWLEY 1
月曜日は午前中はロンドンを回り、午後にHOBGOBLINの本店にいくつもりだ
ったのだが、ホテルを出た時間は9:30だったので、HOBGOBLINの本店に
先に行く事にした。本店のあるCRAWLEYはロンドンからはそう遠くなく、空港
のあるGATWICKから数個先の駅だ。今度はVICTORIA駅から電車に乗る。もう
電車に乗るのは2度めで慣れたので、自動販売機でチケットを買い、余った
時間で要領よく駅売りのフルーツを買った。イギリスはお菓子や何かのように
フルーツを1個単位で売っているのがとてもいいと思う。ビタミンの補給も
できるし、甘過ぎて缶ジュースのように持て余す事もない。それに何よりも
安い。1個5〜60円くらいだろうか。青リンゴはみんなそのままかじって
いるけれどあれは実は店の兄ちゃんが自分のトレーナーの腹の所で磨いた
もんだ。皮も厚いから日本人はやっぱり剥いて食べたい。

CRAWLEYは小さな駅だが駅前には綺麗なショッピングセンターと美しいバラ
の咲いた公園と大学がある。HOBGOBLINのある所はちょっとした商店街になって
いて駐車場もできている。店に入ると金髪で長髪のおにいさんともう一人
女性が店番をしていた。暫くは目が蛇腹にすいついて離れない。30分くらい
じっくり蛇腹関係を吟味する。金髪のお兄さんが好きに弾いていいからね、
と声をかけてくれたので、手当り次第蛇腹を試し弾きしてみるが、これと言って
目ぼしいものがない。CASTGANRI のDの3リード1ロー半で見た事のないモデル
があり、値段も200ポンドほど負けてあったモデルを見て、これは買い!と
思って弾いてみると非常にいい音だったのだが何だかおかしい。よくよく
聞いてみると何と、ベースの引きの部分、つまり裏がなんと5度ではなく
4度なのだ。いったい何の為に???結局、売れ残っているわけだったのだ。
残念。

店の中はもう殆どくまなく本からCDから弦楽器からコンサーティナからパー
カッションから全てみて、1時間か2時間いただろうか.......。
取り敢えずCD等の小物を清算することにした。CHRIS WOOD & ANDY CUTTINGの
SYDMOUTHのライブを知人に買っておこうと思って重ねて置いておいたら
金髪のお兄さんが「これ、すっごいいんだよね」と言う。「そうそう、知って
るよ、これは友達へのプレゼントなの」と答えた。しかしその間もHOBGOBLIN
にはひっきりなしに問い合わせの電話がかかってきて、中にはフェスティバル
に関するものもあったので夫が「昨日はFELIXTOEに行ったんだよ」というと
「ああFELIXTOE DRINKING FESTIVALね」との答えが返ってきた。「来週の
週末もいいフェスがあるよ」というので「実はCHIPPENHAMに行くつもりだ」
というとHOBGOBLINも出店するらしい。

少し電話がとぎれた時におもむろに彼が店のTOMMYを取って弾き始めた。
メドレーの中にCHRIS WOODとANDY CUTTINGのやっていたVILLE DE QUEBECという
フレンチカナディアンのワルツもあった。彼もやはり同じような音楽を聞いて
いるんだなぁと思った。私もTOMMYを持っていると言うと、「君が好きそうな
メロディオンのものがある」と言って何やらカセットをかけてくれた。

431 [95/06/14 10:53] NBE01002 COCO/CRAWLEY 2
結局MUDDY FEET というそのカセットとモリスマンのTIMBER TOYを買う事になった。
CHIPPENHAMでの再会を確認して、店を出て3件ほど先のお店でFISH & CHIPSを
買ってベンチで食べた。そのFISHの大きい事、それにポテトの量といったら。
お腹がいっぱいになって、夫がやっぱりといって店に引返し4〜5万程の
スコットランド製のSHERWOODというマンドリンを買う事に決めた。店に戻ると
相変らず彼は電話に追われていたが、マンドリンは日本に送って貰う事にした。
まだ2週間イングランドに居るからゆっくり送ってくれというと、それは大丈夫
と言われた。(しかし帰国前に届いてたんだよね、ニールったら。)

433 [95/06/21 12:01] NBE01002 COCO/セシルシャープハウス1
ホブゴブリンへ行った翌日、ホテルを変える事にした。折角ロンドンに来たの
だし、普通のB&Bに泊ってみようというのだ。午前中にホテルを出て、アイルランド
渡航の為の情報収集をしに、ボンドストリートのアイルランド観光局へ寄り、
それから私が初めてロンドンに来た時も、2回めに一人で来た時に泊まった
ラッセルスクエアに地下鉄でやってきた。この辺はB&Bが多く探しやすい。
私が8年前に泊ったB&Bは名前が変っていたし、満員で入れなかった。少し
駅から離れたモンタギューストリートに向う。ここはあのシャーロック・ホー
ムズが最初にロンドンにやってきた時に下宿していた所とされている。何故なら、
大英博物館へは徒歩1分程の所だからだ。今はもうあまり役に立たない”地球
の歩きかた”にも紹介されていたRUSKIN HOTELが清潔で安くてよかったので
泊る事にした。

大英博物館内のレストランで食事。ここはサラダバーが売り。それから、夫
が電気屋で髭剃りを買い、二人はまたもカムデンタウンのセシルシャープハウス
へ向う。セシルシャープハウスの半地下はFOLKSHOPというお店があり、そこの
楽器部門はHOBGOBLINの出店になっている。そこでまたもメロディオンを点検。
店員のお兄さんはインド系らしい顔つきの優しそうでスマートなお兄さんで
「あんたがた巧いねえ」と声をかけてくる。楽器はホーナーの古いモデルが
ありデザインもスマートなので欲しかったが、B/Cなのでやめにした。他には
これと言って目新しいものはなかったが、アコーディオン人形のバッジやCD、
テープ、チューンブック等を買う。さっきのインド系のお兄さんに聞いてみると
今日の7:30からはモリスダンスのワークショップがあるという。二人で
”やったぁ〜ついに見られるぞ”と喜んだ。

434 [95/06/21 12:01] NBE01002 COCO/セシルシャープハウス2
カムデンタウンの駅の方まで戻るとパブやレストランが沢山ある。その名も
DUBLIN CATSLEというパブでギネスを飲む。フォークショップ゜にRON KAVANA
のライブのチラシがあったので店のお姉さんに聞いてみると今はウチはトラッドは
やっていないので、駅の向うがわのパブに行ってみるといいとメモをくれる。
パブの奥の部屋はライブスペースで若いコのバンドが楽器を運び入れたりテス
トをやったりしている。ちょっと覗くとピアノアコの入った中々ゴキゲンな
バンドだ。お腹がすいたので近くのチャイニーズレストランに入る。ブキミ
なうどん風の麺の入ったチャイニーズヌードルだが、野菜は沢山入っている。

時間になったのでセシルシャープハウスへ戻る。下のレッスン部屋に行くと
2人しか人がいない。先生らしき男性に聞いてみるとそれがモリスダンス
のワークショップだった。セッションはないのかと聞くと、今日は残念ながら
ないが木曜にケイリーパーティがあるから、その時には是非メロディオン
持って来いと言われる。その先生らしき人は今日の催しはモリスだがどう
するか?というので勿論私たちはいつもメロディオンでモリスチューンを弾い
ているのだから是非是非見せて欲しいというと、嬉しそうに「よろしい」と
いってリサさんという痩せた女性と二人でハンカチを持って踊るコッツウォ
ルドスタイルのモリスを見せてくれた。「まだ二人だけどそのうちみんな
くるからね、ロンドンではモリスやりたがる人が少ないんだよ」等といってる
うちにバラバラ人が集まってきて、私たち2人を入れると丁度6人になるので
ダンスを教えて貰う事にした。最初はコッツウォルズのスタイルだ。白いハン
カチを振るのは”邪悪な魂を追払う為”だそうだ。伴奏の曲はテープから流れる
ジグ。知っていれば伴奏をやってみたくてウズウズするような曲だ。結構息
切れがするが、やってみるとめちゃくちゃ楽しい。モリスは6人一組で2列
縦体が基本だ。フォーメーションやステップもちゃんとここに通えば覚えられ
そうな感じ。次には棒を持つスタイル。棒を持って踊る方は間違えると怖いが、
こっちの方がなんとなく簡単な感じがする。棒でチャンバラの様にバンバン
ぶつけたり、床をたたいたり、飛上がってパシっとやったり、鉄砲を打つ
真似をしたり、子供の時の遊びにも似た興奮を覚える。

440 [95/06/26 14:10] NBE01002 COCO/セシルシャープハウス3?
いくつか踊りを教えて貰っている間にボチボチ人数も集まってきたので今度
は我々は見学の方へまわる事にした。かけている曲のカセットはほとんど
フォークショップで手に入るものだ。日没の夜10時(!)レッスンが終わっ
たので、日本から持ってきた写真をみんなに見せる。米山さんのコレクション、
厚木でやったモリスの写真、我々のセッションの写真等。特に厚木モリスの
写真はおおうけだ。それにしてもどこでイギリスの音楽を覚えたのか質問
攻めに合う。みんなに名刺を渡し、講師のジョン・ラッセルさんの住所もきく。
なんでもラッセルさんはアリタリア航空の地上勤務の人だそうで、今度は社割
を利用して絶対日本にいくぞといっていた。

443 [95/06/27 10:17] NBE01002 COCO/BRADFORD 1
昨日見つけた大英博物館近くのホテルはもの音が多少うるさかったが、朝食に
関しては2倍ほどする値段のホテルと大差ない。朝早い出発なので早めに食堂
に出てくると今朝の2組めのお客のようだ。ゴスペルでも歌いそうな太った
黒人のおばちゃんが給仕してくれる。ものごしはいたって柔らかだが、相棒は
顔が怖いと言う。朝食はいつもたっぷりで、ベーコン、ソーセイジ、トマト
そしてお馴染みの目玉焼き。カリカリのトーストとたっぷりの紅茶。いつも全部
は食べ切れない。おまけにイギリスはソーセイジがウドン粉っぽくまずい。
しかし、イギリスに来るとこの朝食はいつも楽しみで仕方がないのだ。

今日は、ついにヨークシャーのDAVE MALLINSON MUSICまで出かける。先日FELIX-
TOEにも出店が出ていて、オジさんとは顔見知りになっていたので安心だ。しかし
前持って出しておいたDAVE MALLINSON宛の手紙は届いたんだろうか。どうも
MALLINSONは店にはあまり顔を出さないのではないか。

リーズまでは大体2時間位。地図では大分上の方にあるが、イングランドは意外
に狭いと思う。今度はロンドンはキングズクロス駅から出発。駅でハンバーガ
ーを買う。ハンバーガーの嫌いな相棒はハンバーガーショップでシェイクを買
おうとして「シェイク、バニラ」といったらやはり「チーズバーガー」が出てき
てしまい列車の中でむくれている。しかし、さすがはインターシティの一等、
静かでゆったりしていて、物売りもくるし、ビールも買えるし、超快適だ。
相棒は早速ビールをGETできたので、機嫌が治る。そんなこんなでうとうと
したり物を食べてるうちにリーズに着いてしまった。8年前にヨーロッパを旅
した時は電車に乗ってる時間が一晩とか一日という事もざらだったのでなんと
なくへんなかんじだ。リーズの駅で乗換え。ホームがわからずに掲示板を見て
るとシャキっとした服装のオバさんが”BRADFORDはこの通路を通って*番ホー
ムよ”と完結に教えてくれる。ここから先はローカル線。20分程でブラッド
フォードに到着。

DAVE MALLINSONのカタログには店までの行きかたが文で書いてあり、バスでも
行けるそうだがやはりタクシーに乗る事にする。ブラッドフォードは工業都市
の雰囲気がある町で、タクシーの運転手はみな出稼ぎ。イラン系だろうか?
番地のメモを見せると、よく解らないらしく、しばらく別の運転手と英語では
ない言葉で話していたが、やがてトランクを開けて乗せてくれる。車が走り出
すと運転手は自国のらしきカセットをかける。イスラム歌謡?さすがの相棒も
その所在はわからなかったが、モリスチューンを聴きにきたこのイングランド
でこんなワールドミュージックが聴けるとは。
やがて運転手はあのカタログのイラスト通りの門構えの店の前に車を止めた。

444 [95/07/02 13:42] NBE01002 COCO/BRADFORD 2
DAVE MALLINSON MUSICの店内に入ると二十歳そこそこの青年が店番をしていた。
メロディオンは店の奥にあり、好きなようにさわっていいよ、といわれる。
やがて、FELIXTOEで会ったRUSSELLおじさんも出てきたので、挨拶する。先日の
約束どおりコーヒーを出してくれる。お砂糖はぬきで、ミルクだけ入れてね。
棚の上にはメロディオン、床には様々な大きさのメロディオンケースがならん
でいる。目ぼしいメロディオンのチェックに入る。2ローポーカーワークは
木製のキーボードのオールドモデルがあるが、どうも純正ではないらしくちぐ
はぐな部品で出来上がっている。また1ロー4ストップポーカーワークも何台
もあるが、キーはCとG、あとは世にも不思議な3ストップというのもある。
どれもポンコツで年季の入ったものばかりだ。しかし、やはり用途がダブって
しまうので買わない事にする。店でもとりわけ美しいのがCASTAGNARIのLULLY。
カタログで黒のモデルは見た事があったが、ここにあるのは白。これはアイリッ
シュモデルなのでキーはB/Cである。それから、コストパフォーマンスの最も
高い楽器の一つと言われている、SALTARELLEのBOUBE。これは米山さんの家に
ありよく触っていたが、いい楽器だ。中型でナチュラル仕上げ、オープンキーボード。
他にもSALTARELLEのNORDSUDもある。相棒が「BOUBEはいい楽器なんだけど、自分
はIRISH BOUBEが欲しい」という。IRISH BOUBEとはBOUBEと同じだが、キーボード
部分がフラットになっている。これのD/Gを扱っているのはDAVE MALLINSON
だけなのだ。RUSSELLおじさんは「ふーむ」といって電話を方々に掛けたが、
やがて「1時間待っててくれれば何とかするよ」と言った。

445 [95/07/02 13:43] NBE01002 COCO/BRADFORD 3
ここで、アルバイトのうら若き好青年にインタビュー。
KOIZUMI:DAVE MALLINSONさんてどんな人?
JAMES:んっと、この店のオーナーでボックス・プレイヤー。メロディオンの
    本もいっぱい書いてる。
K:君はメロディオン弾くの?
J:いや僕はバンジョーとギター。両親とも弦楽器をやってる。2人はバンド
を持っててよくライブで演奏しているんだよ。
.......いろいろ話してくれたがこの紅顔の美少年の話す英語はよくわからな
かった。(^_^;)
IRISH BOUBEが出てくるまで時間がたっぷりとあったので、店中のCD、カセット
チューンブック、パーカッションなどをくまなく見る。収穫はCHRIS PARKINSON
(THE HOUSE BANDのメロディオン)のソロ=”PERKY”制作年不祥。DAVE MALLIN-
SONのモリスチューンブック3冊(←これは重宝してます)&テープ。
やがて、"FOUND OUT!"といってRUSSELLおじさんがいつのまにやら例のブツを
持って店の外から入ってきた。ピカピカの新品のIRISH BOUBEだ。手にとって
弾いてみてすぐに買う事に決める。これを持って行けばどこのセッションにも
参加できる。それから折角なのでメロディオン用マイクとコンサーティナ用の
マイクも買う事にする。これはRUSSELL氏に説明を受けて選んだ。メロディオン用
は細長い棒状のもので、グリル部につける。コンサーティナ用はピンマイクの
ようなもので、左右につける。両方ともマジックテープで着脱するものだ。
そういえばFELIXTOEでもJOHN KIRIKPATRICKが同じマイクを使用していた。
買物を清算する。沢山買ったので、CHRIS PARKINSONのTAPEをただにしてくれる。
CHIRIS PARKINSONは大好きなんだというと、RUSSELL氏は"I KNOW CHRIS."という。
いやぁイングランドの楽器屋はミュージシャンとみんな友達なんだなぁと思う。

こちらはロンドンを出てきてこの楽器屋に直行したので、切出しにくいが言って
みた。「この辺に音楽が聞ける所と、そこに歩いていけるホテルはある?」

448 [95/07/04 12:13] NBE01002 COCO/BRADFORD 4
殆ど何も考えずに朝ロンドンを出てきたし、その町の情報はMALLINSONに頼り
切るつもりだったので、あまりにも知能犯的だったがホテルを探しもRUSSELL
氏に一任した。RUSSELL氏はさっきのJAMES NOON青年と今日はライブがあるか
どうかいろいろ話していたが首を横にふって「今日は何にもないねぇ」と言う。
しかしこちらがなかなか「それならいいよ、あきらめるよ」と返事をしない
のでしばらく考えていたが「もし、よければ.......今日私のバンドがダンス
の伴奏をやるけどそれにくるかい?」 待ってましたっ。
そういうのを期待していたのよ。見るもの何もないなんて嘘じゃぁないの。
「も、もちろんです。絶対行きたい。」「うーん、そのダンスのあるBATTERY
HALLっていうのはここから車で20分程なんだけど、近くにホテルがあるかだな」
そういって、RUSSELL氏は電話帳をパラパラめくって2,3のB&Bに電話を
するが、どこも遠いいようなので、また暫く腕ぐみをして考える。そこで我が
相棒が言う。「ここの店のカタログにホテルのってますよね?」「そうそう、
PROSPECT HALL HOTELってここから歩いて10分程の所だよ。ここは凄く快適な
ホテルだけど、BATTERY HALLには遠いんだ。うーん、それじゃ、こうしよう。
そのカントリーダンスパーティは9時からだから、8時半にホテルに車で迎え
にいくよ。メロディオンも持っておいで」やったぁ。「いいんですか、ありが
とうありがとう」そういいながら相棒と二人で、そうこなくちゃ、と内心思って
いた。RUSSELL氏はホテルに電話して「日本人のカップルがホテルを探してるん
ですよ。ウチのお客さんでフォークミュージックに興味があって.......。
「えっと君たちはタバコは?」私が「いいえ」と答えると「全然吸わないそうだ!
(ABSOLUTELY NOT)」とRUSSELL氏は電話に向って言う。そうして、楽器屋さん
にホテルの斡旋までして貰う私たちって一体.......と思ったが、その後持参した
米山氏のコレクションの写真や厚木モリス、我々のセッションの写真等もRUSSELL
氏に見せた。相棒が「米山氏は41歳で僕と同じ年」というと「41歳かぁ、
私もそうだといいんだけどね、今年で51歳なんだよ」と答えた。彼は髭もじゃ
で、長髪でいかにもミュージシャンといったいでたちのおじさんだ。白人の年は
解らないが若くも見える。「米山氏は先日CONNEMARA2と3をここから買ったの
覚えてます?」と相棒が聞くと「そうだね、彼、随分お金使ったよね」とRUSSELL
氏は答える。我々はまたMALLINSON氏の事も聞いてみた。DAVE MALLINSON氏はRUSS
ELLに言わせると「MAGIC BOX PLAYER」だそうで、それはそれは素晴らしい、との事。
RUSSEL氏はメロディオンはやらず、弦専門らしい。我々の英語が酷くたどたど
しいので伝染ってしまったのか(^_^;)心持、彼の英語もややたどたどしくなる。

我々はRUSSELLとそれぞれ2ショットの写真を撮って、PROSPECT HALL HOTELの
地図をメモに描いて貰い、MALLINSON MUSICを後にした。

449 [95/07/04 12:13] NBE01002 COCO/BRADFORD 5
MALLINSONの外に出ると雨がポツポツ降り始めた。急ぎ足でホテルへ向おうと
したが、大荷物での移動なので思うように足がうごかない。仕方がないので
休業している時計屋の入口に雨宿りする。雨足は益々強くなる。イギリスの
田舎町で夕立に会うのも旅の情緒と二人でぼんやり雨を眺めていた。斜前には
教会があり、人々は傘もささずに足早に屋根のある所へ移動している。私の
スウォッチはプラスティックのバックルが壊れてしまったので、この時計屋が
やっているといいなと思う。それにしてもショーウィンドーに一つも時計がない
のは廃業してしまったからなのか?

15分位して雨が小降りになったので、再び歩き始めた。途中に郵便局があり
寄りたかったがこの雨では向う斜線に渡るのも大変なのでやめる。地図の通り
坂を昇ると、イギリスらしい古いレンガ建築の工場や倉庫が並んでいる。
こんな所に本当にホテルがあるのか不安に思うが、看板が建っているので間違
いはないだろう。RUSSELL氏が「すぐわかるよ」と言っていたのだから。
倉庫の立並ぶ道を進むとその一番奥にホテルはあった。前庭を十分に取った
素敵なホテルだ。日本人女性が喜びそうな、雑誌で紹介されそうなホテル。
ずぶ濡れネズミで入るのはためらわれたが、チェックインをする。にこやか
な女性が応対をしてくれて、荷物も運んでくれた。ホテルの親戚らしい女の子
も荷物運びを手伝ってくれるが、メロディオンという荷物が増えてあまりに
重たいので夫は自分で運ぶ。部屋は2階だが階段が狭くエレベータもない
ので大変だ。しかし部屋は広くて清潔でまさにリゾート気分。濡れた衣類を
着替え、靴を脱いでくつろぐ。夕食の時間までまだ2時間程あるので、TVを
みたり昼寝をしたり、備え付けのポットでコーヒーを飲んだりする。TVは
言葉が解らないが、”新婚さんいらっしゃい”のような番組をやっている。
安っぽい男女が自分達が結ばれた経緯をいろいろ話している。スタジオに見に
来ている女の子は何故か肥満体が多い。ホテルの備え付けの説明書きを読んで
みると日本語のガイドがある。こんな所に日本人が来るのか不思議だが「残念
ながら日本語の出来るスタッフはおりませんが真心を持ってお世話させていた
だきます」等と書いてある。しかし、このホテルがロンドンの中の上クラスの
ホテルの半分の値段で泊れるとは驚きだ。

450 [95/07/04 12:14] NBE01002 BRADFORD 6
夕食はロビーを挟んで反対側の翼にあるレストランだ。値段もコースで2500
円程度。内装はピンクを基調にしたイングリッシュカントリースタイルで女性
ならば誰でも大喜びしそうだ。曇ガラスの向うに大きな猫がやってきて座る。
よく見えないが白黒の影がガラスに張りついている。
コースはスープから始ったがこれで既にラーメン一杯食べたくらいにお腹が一杯
になってしまう。何せ味が濃いのだ。ヨークシャーは北のせいか部屋も少々冷え
てきた。次にメインのローストビーフとステーキが出てきたがこれが見た目で
GIVE UP。ローストビーフはシングル盤大のがいくつも畳まれて並んでいて、
つけあわせのヨークシャープディング(シュークリームの皮だけみたいな甘くな
いやつ。ソースを浸して食べる)と山程のポテトと人参、そしてパンがつい
てくる。日本人ならば3人前位ありそうだ。まずくはないのだが、何故食べられ
ないのか不思議で、あれほどさっきまでお腹がすいていたのがウソのようだ。
1/3も食べられずに下げて貰い、デザートコーヒーまで急いでかたずけたが、
時間は8時半を回っていた。レストランの人が「GENTLEMANがお一人見えてますよ」
と伝えてくれる。
急いでロビーに戻るとRUSSELLがニコニコして座っている。「遅くなってごめん
なさい」「いいんだよ、心配しない心配しない。急がないでいいよ。」
「今メロディオンとってきますから」
RUSSELLの車に乗る前に私は日本から持ってきた鳴り物のおもちゃと和紙の小物
をプレゼントした。車にはRUSSELLの奥さんが乗っている。「彼女を実家に送って
くから、途中でちょっと待っててもらうよ。彼女はモリスダンスのチームにも入
ってるんだよ。丁度昨日が練習日だったんだけど」「それは是非見てみたい」と
相棒が答える。奥さんはとても優しそうで上品なレディで、暫く行った住宅地で
降りた。その後、RUSSELLが車のラジオをかけるといい感じのフォークソングが
かかっている。カセットでもかけているのかと聞いたら、毎週水曜日に地元の
FM局でフォークの番組をやっているのだという。あまりに羨ましい環境だ。

458 [95/07/07 11:46] NBE01002 COCO/BRADFORD 7
BATTERY HALLはいかにもイギリスらしい石造りの古い建物。RUSSELは車を止め
荷台からギターを出した。マーティンだ。私が「夫の兄もマーティンを持ってる」
と言うと「うん、いいギターだ」とRUSSELLは答える。2階に上がると、小さな
ステージのある広いホールがあり、両脇は椅子とテーブルがならんでいる。
どうやら我々が一番早いようだ。RUSSELが言う。「今日はね、ダンスの前にちょ
っとミーティングがあるんだ、ちょっと待っててくれ。なにか飲みたい物は?」
そういって消えたかと思うとビールとオレンジジュースを持って来てくれた。
そして「そうだ、さっき貰ったプレゼントをあけなきゃ」そういって、私がさっき
プレゼントした鎌倉で買ったジャパニーズなガラクタを一つ一つ開けた。一つは
カタカタ。「これはRUTTLEみたいなものだけど、凄く音がうるさいの」「本当の
名前はなんて言うんだ?」とRUSSELL氏。「カタカタっていうんだけど、本当は
よく解らない」RUSSELL氏はおどけて、子供のフリをして一つ一つの包みを楽しげ
にあけてくれる。千代紙で出来た小箱や鳩笛など。

やがて向うのテーブルでミーティングが始ったようで、私たちは二人で待っていた。
その間にも少しずつ人が集まってきてにこやかに挨拶をしてくる。メロディオン
弾きもやってきた!一人は女性で一人はモジャモジャ髭のおじさんだ。ダンスが
始まり、RUSSELLはギターを持ってバンドに入る。最初はとにかく踊ってごらんと、
いわれ、カントリーダンスの列に入る。大体10人くらいだ。踊りのフォーメー
ションもあやふやな私だがパートナーの人のリードが巧いので、SWINGの部分では
おもいきりぐるぐる回れてとても楽しい。曲も聞覚えのある曲だと思ったら、
KIT SQUARE 8ではないか。この曲はメロディオン弾き始めて2曲めに覚えた曲。
それに、先日かしわホールで演奏したLA RUSSE。ダンスが終わった時には息切れが
するが、こんな運動を毎週しているお年寄りはおかげで健康なのではないかと思う。

今度はバンドの方へ入る。日本のCCEでも「みんながいれば怖くない」式に
バンドへ潜り込むのは慣れていたので、昼間買ったメロディオンを持ってステー
ジの後の方へ座る。さっきの女性プレイヤーがSALTARELLEのベリーを貸してくれ
る。彼女はホイッスルも上手なのでそっちを吹いた。さっきの髭もじゃのおじさん
のアコは(多分)ホーナーのCORSO。「随分ボロボロだろう?」とニコニコして
いるが、これぞトラッドの真髄、実にかっこいい。おじさんのアコは蛇腹もつぎ
はぎだらけで、ピアノアコの様に蛇腹が衣服にひっかからないように、小型の
座布団のような胸あてをつけている。「CASTAGNARIだSALTARELLEだハンドメイドが
なんだ」と巧く弾けないのを楽器のせいにしたりする自分が恥かしくなるくらい
おじさんのプレイはパワフルでベースもガンガンで自信に満ちている。本当に
弾き易い楽器は自分自身で造り上げるものだという事をおじさんは教えてくれる。

少しして何か弾いてみろといわれたのでRIG-A-JIGを弾いてみると、なんと一組
のカップルがフロアへ出てぐるぐる回り始めるではないか。こんな瞬間に本当に
メロディオンを弾いててよかったと思った。米山師に感謝。

464 [95/07/10 12:09] NBE01002 COCO/BRADFORD8
踊りの合間にアイリッシュをやってみようとRUSSELLが言うので、BRIAN PETERS
とCONOR KEANEのやっていたホーンパイプのメドレーを弾いてみた。RUSSELLは
始めて聴く曲なのに、この曲の入っていたCDのようなギターの伴奏をつけて
くれる。他にもTONNY HALLのやっていたアイリッシュのマズルカなどをやる。
いい曲だと、みんながそれは誰がやっていた曲?と聴いてくる。
暫くしてまた蛇腹弾きがやってきた。彼の蛇腹はホーナーのERICA。私たちは
自己紹介がてら普段アルビオン・バンドやジョン・カークパトリックを聴いてると
言うと彼も「大好きなバンドだ」と言ってすぐに意気投合してしまった。またも
音楽は異国での通行手形になる。
すっかり楽しい思いで、時間が過ぎ、ダンスも終わりの11時になる。さっき
のもじゃ髭のおじさんは"KEEP ON PLAYNG !"と言って帰っていった。こんな一言
が身にしみる。RUSSELLが車でもときた道を送ってくれた。奥さんをPICKUPし、
本当に今日は楽しかったという話をした。ホテルに着くのがとても名残惜しかった。
ホテルの入口で、私たちは週末にはCHIPPENHAM FOLK FESTIVALに行く予定だと
言うと、RUSSELLは”今週末は仕事なんだよ。CHESTER FOLK FESTIVALの方に店を
出すから”と言う。相棒が「来週また戻ってこようよ」というのでとりあえず、
私が英語で「彼がまた来週の水曜日に戻ってきたがってます」というと「よし、
是非おいで」とRUSSELLは答えた。RUSSELLと握手を、そして奥さんは抱擁とほっ
ぺたにキスをしてくれて別れた。ジーンとくる別れだった。

471 [95/07/17 10:47] NBE01002 COCO/BRADFORD 9
次の日ロンドンに戻る前にもう一度MALLINSON MUSICを訪ねようという事に
なった。昨日買ったマイクのケースも欲しいからだ。PROSPECT HALL HOTELの
坂道を下り、雨宿りをした時計屋の前を通る。時計屋は営業していた。ショー
ウインドーから品物を全て引き上げるのは盗難防止の為だったのか。
MALLINSONには昨日と違う人がいた。眼鏡をかけた、大学の先生といった感じの
上品な人だ。昨日RUSSELに世話になった話をしたら、すぐにコーヒーを出して
くれた。マイクのケースの事と、アイリッシュ・ブーベのベースがひっかかって
弾きにくい話しなどをする。その人はバンジョープレイヤーだと言っていた。
店を出てから、その人の名前を聞くのを忘れたので相棒だけが戻って名前を
ききにいった。ザウルスのお絵描きモードで名前を書いて貰ったらしい。
まてよ、NOON?もしかして、昨日のJAMESの兄弟か何かか?相棒はまた店に
戻って行った。私はひょっとして昨日JAMESが言ってたバンジョープレイヤーの
父かと思ったが、それにしても若い。しかし、相棒が店を出てきながら、
「やっぱりJAMESのおとうさんだって」といった。
BRADFORD行きのバスはすぐにやってきた。路線バスの風景は日本と何も変らない
が、座席はゆったりしているので荷物の多い旅行者には有難い。BRADFORDから
少し回り道し、YORKで途中下車し、一路ロンドンへ向った。

480 [95/07/23 23:02] NBE01002 COCO/CECIL SHARP HOUSE 3
朝ブラッドフォードを出て、ロンドンに着いたのは午後3時頃。駅の近所の
B&Bは全て満室だったので駅の北西のB&Bの集中している地域に行って
みる。一番最初に目に入ったのがHOTEL ATHENESとHOTEL ROME。いまいち品の
ないネオンサインに不安になりながらも部屋があるかどうか聞くと、人の
よさそうなオバさんが出てきて、ある、という。汚い宿だが、おばさんを見て
不安がなくなる。部屋は地下でトイレはついていない。部屋はほこりだらけで
絨毯がはがれそうで木賃宿の名にふさわしい。若い人が一杯で騒がしくて昨日
のPROSPECT HALL HOTELとはあまりのギャップ。しかし気にする間もなく、何故
か旅行に出てから癖になった仮眠をしてから、またもCECIL SHARP HOUSEへ出か
けた。
CAMDENTOWNはもう何度も来た道で懐かしささえ感じる。駅前のスーパーへも立
寄る癖ができた。今日は木曜でCECIL SHARP HOUSEではケイリーが開かれる日だ。
ケイリーとはアイリッシュのダンス&生演奏の事。しかし、イングランドでは
一般的に演奏のジャンルを問わずトラッドの”ダンパ”の事をこう呼んでいる。
会場に行ってみるとすでに踊り手とバンドでごったがえしていた。バンドの中
に入れて貰うとやはりみんなが親しげに話しかけてくる。「私、日本人の女性
でホィッスル吹く人なら知ってるよ」「オーストラリアで、フィドルの凄く巧い
日本人がいますよね。日本人って凄いね。」こちらも、「イングリッシュカント
リーダンスはメロディオン弾いてても一番楽しい」等と言って楽しく会話する。
中でも、ダンスの巧いぽっちゃりした人なつこいおじさんが盛んに話しかけて
きた。しかし早口で何を言っているのか解らず、何度もよくきいてみると
「私もメロディオン弾きなのだが、そのメロディオンはいいね、ちょっと弾か
してくれぃ」と言ってる事がやっと判明。おじさんにメロディオンを手渡すと、
これがまためっちゃ巧い。洒落っけのある、いいプレイヤーなのだ。こういう
洒落っけは日本人には全く欠けているものだ。おじさんはメロディオンを私に
返しながら「いやぁ、いいね、ここに持ってくるには良過ぎるよ。」というので
相棒が「あなたのメロディオンみてみたい」と言うと「じゃ来週の木曜日また
おいで、そんとき持ってくるから」というではないか。「あなたのメロディオ
ンは何ですか?」「パウロ・ソプラーニ」私はおじさんの体形から「赤いやつ
?」と聞いてみるが「いや木地仕上げだよ」という。来週また来る事を約束する。

ケイリーはアイリッシュ、イングリッシュの曲等いろいろなジャンルの曲が
演奏され、バンド側は若い長髪のフィドラーの人と大学教授風のメガネの人
が前半と後半に分けてディレクションをしていて、曲の指示を出していた。
編成はピアノ、フィドル、ピアノアコ、ギター、フルート等が主で、大体のメ
ンバーは楽譜等を見て演奏していることから、クラシックのベースのある人が
多いように思えた。またそういった人達は年配の人が多かった。自分たちで
エレクトリック・トラッド・バンドをやっていそうな若い連中もいた。一人は
チューンナブルのバウロンを持っていてなかなかイカしたプレイをしていた。
チューナブルを見るのは初めてだったので私は「そのバウロンいいですね」
とかいって叩かせてもらった(^_^;)。
ダンサー側はそれこそ老若男女を問わずといった所で、ヘソ出しの金髪おねえ
ちゃんから爺さんばあさんまで。実に楽しそうに踊っているではないか。
あとは、バンドとダンサーの橋渡しをするCALLERがマイクで踊りかたの指示を
する。これはイングランドのダンスでは重要な役割で、イングリッシュ
トラッドの多くのアルバムにはこのCALLERの声が入っているものが多い。
それを聞いただけで解る人は踊れるようになっているのだ。
こんなダンスを毎週体験できるセシルシャープハウスに”どこでもドア”が
あれば毎週通ってきたいものだった。

481 [95/07/23 23:03] NBE01002 COCO/セシルシャープハウス観光案内
セシル・シャープハウスが何回も出てきますが、少し注釈を。

セシル・シャープに関しては私は中公新書の「シェークスピアのフォークロア」
という本に書いてある事「19世紀末から20世紀始めにかけてすたれつつ
あったモリスダンスの復興をした人」くらいの知識しかないのですが、その
セシル・シャープなる偉人(柳田国夫のような人だろうか?)の名前のついた
文化センターがロンドンのカムデンタウンにあります。カムデンタウンといえ
ばロンドンでも”蚤の市”や面白いパブ、クラブ、レコード屋、靴屋の集中
する通の町として有名ですが、もっと通はセシルシャープハウスへ行くんで
あります(^_^;)。ここはロンドンATOZにもちゃんと載っています。

オーケストラが充分練習できる位のホールと半地下のダンス練習場、ちょっと
したバー、教室くらいの小部屋などの他、ライブラリーとホブゴブリンミュー
ジックも入ってる売店があります。ここの図書館はあのアシュリー・ハッチングズ
も文献を読み漁ったそうです。楽譜や何かも一杯ありました。地下の売店、フォークショップには楽譜やCDや楽器も一杯置いてあります。メロディオンもそこそこ。バウロンが欲しい人はロンドンではここ位しか手に入りません。どっちにしろ、2時間はつぶせます。ホールではときたま有名プレイヤーのライブが開かれるようで、70年代に
活躍したアシュリー・ハッチングズ率いるETCHINGHAM STREAM BANDの復刻CD
のジャケ写真を見てたらあのケイリーをやったホールの写真が出てるではないか。
去年もFOLK ROOTS誌を見ていたらケイジャンのSAVOY DOUSET BANDがライブを
やってました。
そんなライブの他にも普段は曜日毎に誰でも参加できる様々なプログラムが
催されており、モリス、イングリッシュ&アイリッシュカントリーダンス、クロ
ッグ、アイリッシュセットダンス、はたまたケイジャンダンスに至るまであり
ます。子供向けのホビーホースクラブなんていうのもあります。トラッド以外
にも利用される事も多く、ハズレの土曜日に行った日にはジャイブダンスの日
だったし、別の日にはオペラの練習が入ってて聞き惚れてしまった。

とにかく、ロンドンに行ったらここに行かずして何処に行かんや?であります。

482 [95/07/24 23:23] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 1
金曜日、ついに一番のヤマ、CHIPPENHAM FOLKFESTIVALに出かけるのだ。
朝食の時、RUSSELL SQUAREの木賃宿に似つかわしくない品のよい子連れの
女性が声をかけてくる。「昨日はロンドンについたのが夜遅くだったのでここ
しか取れなかったんですが、もう少しいい宿ありますか?物音がうるさくて
子供が寝られなくて」と言うので、前に泊ったRUSKIN HOTELを紹介する。
「今日はまだ朝だし、絶対大丈夫」と言って別れる。しかし、ここの朝食も
高級ホテルとは大差なく、たっぷりのイングリッシュブレックファストだ。

CHIPPENHAMチッペナムはロンドンから西の方へ2時間程電車で行った所。出発
駅は熊でお馴染みのパディントン駅。地下鉄もだいぶ慣れ、重くて大きい荷物
も横のゲートから入れて貰う術を覚えて(んな事すぐ覚えられるんだが)スム
ーズにパディントン到着。有名なバース、ブリストル方面行き(BATH ,BRISTOL)
のインターシティに乗る。乗換えもなく、ボンヤリしている間に到着。駅には
例によってフェスティバルをやる雰囲気など全くないが、前もってフェスティ
バル事務局に手紙を書いていたので必要な情報や地図等は揃っている。駅の
ある丘を降りて町中に入ると、まだ金曜の平日ではあるものの、何となく賑
わった雰囲気が伝わってくる。途中初老のおじさんが事務局への道を聞きもし
ないのに親切に教えてくれる。どこへ行っても日本人は我々夫婦だけで、目立
つし、英語が下手でドジなので、みんなが親切にしてくれる。取り敢えずホテル
探し。フェスティバル・プログラムに載っている地図を頼りに会場どまんなか
のANGEL HOTELとBEAR HOTELという所に行って値段等を聞く。なんとか一晩
BEAR HOTELに宿を取る事が出来たが、明日からはフェスたけなわで部屋は一つ
もないという。宿の女将にしつこく交渉するが、同情してくれはするものの、
ないものは出せないといった反応。取り敢えず、ホテルの店員の別のあんちゃん
にホテルのありそうな地域の情報だけを聞いておいた。
BEAR HOTELというのはなるほどBEAR HOTELで店の入口の上には熊の石像があり、
看板も熊の絵になっている。建物は古く、軽く200年位は行っていそうだ。
チッペナムは古い町でこういったホテルやパブの建築も文化財といっていいよう
なたたずまい。しかし、町は活気があり、スーパーやブティック、
銀行、カフェ等が軒を列ねている。チャンスとばかり、私は夫のはやる気持
をよそに着替え等の買物をする。また、デパートではラグビーのジャージーを
着た木彫りの熊の置物(註:シャケはくわえてはいない)を発見。さんざん
悩んだあげく、郵送を決意、購入に踏切った。実は私の両親は2人ともラグビー
フリークなのだ。我々夫婦のメロディオン同様ラグビーが両親の絆でもある。
だから、これはイングランドでの最高の土産のように思えた。店員の太った
オバちゃんに聞くと”この店では配送サービスはしていないが郵便局は今日
やってるし、梱包してあげるから自分で送りなさい”と言ってくれた。
いろいろペラペラと喋ってくるが例によって40%程のヒアリング力と語彙の
少なさであまり会話が成立しない。オバちゃんは箱を探しにいくが、なかなか
戻ってこない。また梱包もあまり巧くない。しかし、これなら大丈夫という
位にしっかり梱包してくれ、品目を聞かれたら「木製のクマ(WOODEN BEAR)」
と答えるのよ、とまで教えてくれる。郵便局はクマホテルの裏だった。

483 [95/07/24 23:25] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 2
フェスティバル事務局へ言ってみるとさっき入口に鍵がかかっていたのがなぜ
だか解った。入口は正面ではなく横だったのだ。すでに人が一杯のチケット
売場に2人で入っていき、事務局長さんのMARGARET LILEさんとJAN FIELDさん
から貰った手紙を見せると、今度はすぐにMARGARETさんが現れて、チケットは
3日通し券で手紙を貰って予約扱いだから、値段は安い方でと、どんどん手配
してくれる。FELIXTOEのBRIGETさんとイメージがダブる。係の人にチケットに
名前を書いて貰い(私はM.KOIZUMI彼はMASAYOSHIと書いて貰う)をパウチして
貰い、紐を通してもらうが、これが下手クソのなんの。自分でやり直して、
ラジオ体操のカード宜しく首からさげて、プログラムをチェックし準備播但。
さっきのスーパーの方へ言ってみると(本当が前後するんだが)おじさんの弾く
コンサーティナに合わせて7〜8歳の少女達が可愛い衣裳でSWARD DANCEの練習
をしているではないか。芝生の緑と少女たちの赤いチェックの服のコントラスト
が美しい。
今日の昼間のプログラムは子供のモリス大会のみなので、昼食をカフェで済ませ
さっきの事務局=NEELD HALLへ向う。NEELD HALLは町の中央部にありフェスティ
バルの中心会場でもある。2階にそこそこ大きなホールがあり下は体育館のよう
なホールになっている。ちょっとしたカフェとバーと庭には出店も出ていてそれ
を流しているだけで楽しい。勿論、CDカセットショップもある。日本ではタム
ボリン位でしか手に入らないものがワンサカある。
子供のモリスが始るが、見学席は出番を待つ子供で一杯で座る場所がなかなか
ない。しかしとにかく可愛いので親たちに交じってパチパチ写真を撮ってしまう。
様々なスタイルのモリスがあるが、子供たちはフリをちゃんと覚えておらず、いい
加減。だがとにかくどの子も楽しそうだ。先生たちがようやっと教えながら一つ
踊り終わると別の子たちが出てきて踊る。ステージの上では電子オルガンのおじ
いさんとCALLERのオバァさんがいていろいろ指示を出している。時々、メロデ
ィオン弾きが現れては伴奏をやる。何人ものメロディオン弾きが登場したが、
こういった子供のダンスには一番手頃な楽器なのだろう。HOHNERのポーカーワー
クを弾いてる人が一番多かった。

487 [95/07/31 00:25] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 3
子供のモリスが終わるとまた暇になったので町を流す事にした。夕方で多くの
店は閉め始めていたが、スーパーはやっていた。久々にいろいろ食糧を買込
んで部屋で食べてみようという事になった。部屋には湯沸しポットもあるし。
大きなスーパーでなつかしのカップヌードルもある。カップヌードル以外は
どれもまずそうだったが、試しにトマト味のヌードルやリゾットみたいなのも
買ってみる。あとはおそうざいのサラダやパンやチーズなど。おそうざいはどれ
だけ買っていいのか解らないので、カップの大きさを見せてもらって”この位?”
”もうちょい”といいながら買った。レジでの前の人は一週間分の買物か、
やたらめったら沢山買込んでいるのでなかなか終わらず、我々は随分と待たさ
れる。

”熊ホテル”に戻る。熊ホテルの隣はバスの発着所なのだが、さっきのモリス
の子供たちが帰る所だった。洗濯をし、夕食にする、勿論まだ明るい。ポット
でお湯を沸そうとするとなんと、ポットが湯垢でドロドロ、いやぁまいった。
(註:後年わかった事だが、これはイギリスの水道水の石灰質がヒーター部分に分解されて付着したもの。)先日夫がロンドンのイタメシ屋でふざけてかったミニ歯ブラシ(2個1ポ
ンド140円)が登場、これでいいだろうという所までとことん掃除し、お湯
を沸した。確かにトマトヌードルはまずかった。夫と同じく由緒正しい日本
のカップヌードルを買うべきだった。しかし、イギリス出来のヌードルはやたら
と肉の具が多い。それから、イギリスは駅やスーパー等で売ってるサンドイッチ
は日本の物より数段美味しい。これはさすがというべきか。

食事をすませ、プログラムに載っているアイリッシュセッションに出かけた。
セッション会場のパブBOROUGH ARMSまでは徒歩で2分程。石造りの古い建物だ。
パブの扉を開けるとすでにセッションは始っており、立っている場所もないくら
いに混んでいる。これが噂に聞くパブのセッションだ。凄い熱気。日本人の夫婦
がいきなり楽器を持ってのこのこ現れたものだから回り人々好奇の目が高まって
いるのが解る。しかし、彼等はよそものに対しては実にスマートな態度で接する
事ができる。すぐに場所を開けてくれて座るように促してくれた。知っている
曲が出てくると一緒に弾いたりもしたが、やはりなかなかの高いレベルで、つい
ていくのがやっと。しかし何か弾くように言われたのでCCEジャパンのテーマ
”SALLY GARDEN””SAINTANNE'S”を弾くとみんなも勿論一緒に弾いてくれる。
他にもSONNY'S MAZURUKA等も弾いた。CCEのセッションでいろんな曲を覚えて
おいてよかったと思った。

そのセッションはスティーブ・モリスというバンジョー弾き=アイリッシュ版
ピート・シーガーといった風貌のおじさんがホスト役で彼を囲んで行なわれると
いう形だった。しかし、どんな人もWELCOMEである。楽器を持って集まったのは
バンジョー、マンドリン弾き、フルート吹き、ギターが数本、フィドルも5〜6
本、メロディオンも5〜6台、バウロンも3〜4、他にも楽器がそれほど出来
なくてもボーンズやスプーン等を持って集まっている人もいる。ただの観客も
いる。入口が入れなくて窓から入ってくる者もいる。窓から入ってきて、突然
めちゃうまなフィドルを弾いた若者もいた。ビールはみんなビターかギネスを
飲んでいて、時々ピッチャーに入ったものが回ってきて空になった我々のグラス
にもどんどんついでくれるのだ。

回りには当然メロディオン弾きがいて、時々楽器をかしてくれる。また我々も
結構ずうずうしく楽器を貸してくれと頼んだりもした。隣には腕の太い耳ピアス
のバウロン男が座っていた。彼は大きな皮のあついバウロンをギネスで濡らし、
太い腕で力強く叩いていた。セッションの中でも彼のバウロンのプレイはとても
いいと思った。バウロンは単純なハンドドラムであるが、リールやジグ等基本
のリズムを叩きながらも、曲相や音符に合わせて装飾音を入れたり、シンコ
ペートしたりする。それは他の打楽器と変る事はないが、演奏者のセンスがいる
楽器である。残念ながら日本では今まで(ライブでは別にして)そういった
いかしたバウロンプレイヤーに会った事がなかったので「密かに師匠と呼ばせて
ほしい」と私は独り言を言った。しかし、そのうちバウロンを貸してくれて、
ビーター(スティック)もずっと持ってていいよ、と言ってくれた。彼の貸して
くれたビーターは私がフェスの出店で買ったビーターよりも確かによかった。
しかし、帰る時、それは私にくれたのだった。帰り際に名前をサインしてもら
った。彼はイアン・フレミングという名前だった。その後3日間毎晩セッション
で顔を合わせることになる。

488 [95/07/31 00:25] NBE01002 COCO/CHIPPENHAN 4
帰りがけに、スティーブ・モリス氏が「君たちはフェスにずっといるんだろ。
明日もおいで、明日は午前11時から始るからそれより早くくれば座れるよ」
と声をかけてくれた。その時「いや、それが宿が見つからなくて、明日もいら
れるかどうかわからないんです。」というとモリス氏は「とにかくダメでもここ
においで、宿くらい何とかしてあげるよ」と言ってくれる。甘え癖が
いつの間にやら身についてしまったのだ。こういう場合お互いの言動にお互いで
呆れあうというのがパターンにもなっている。また、メロディオン弾きの中で
CASTGNARIの小型のメロディオン、TOMMYを持った人が居て気になっていたのだが
その人も声をかけてきた「明日、ROSE & CROWNってパブでセッションやるから
そっちにおいで」「ROSE & CROWNね。私、実は家にTOMMY持ってるんです」
「そうか、じゃ、明日はこれを貸してあげよう」パブの名前だけは覚えてあと
で地図で見れば解るだろう。しかし、明日の宿はどうなるだろう。我々は宿が
取れたら予定していたアイルランド行きを辞めるつもりに、どちらが言うでも
なく、なっていた。今フェスティバルでこれだけ盛り上がっているのに、日曜
に悪くなる交通条件にも負けずにアイルランドに渡航する意味があるだろうか。
勿体ないという言葉を振切る事ができなかったが、もう気持は決っていた。

489 [95/07/31 23:04] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 5
実はその晩は一度だけセッションを抜けて、メイン会場のNEELD HALLの方へも
行ったのだった。NEELD HALLの1階の会場は人で溢れていた。ふと覗いてみると
中ではケイリーが行なわれている。もろフェアポートコンベンションか、
アルビオンバンドかといったスタイルのエレクトリックトラッドのバンドを
伴奏に老若男女入乱れてのケイリー。最年少は7歳くらい、上は70代くらいか。
ヨークシャーでもロンドンのセシルシャープハウスでもケイリーを見てきたが
これほどまでの盛り上がりはなかった。フェスティバルというのは人を酔わせる
酒のようなものだろうか。ケイリーが一段落して表に出ると、オクスフォード
あたりの正統なる衣裳を着たモリスマンたちがたむろしているではないか。
我々2人はその姿を見て正気ではいられなくなる。これは是非見なくては。
夫が彼等に”いつやるのか”と尋ねる。あと15分後くらいという答えが
帰ってくる。
さて、ここまで書くとウチの夫は英語がペラペラの様であるが、彼は3人称
単数にSがつくのを最近まで知らなかったし、WENTがGOの過去形であることも
忘れていた。しかしコミュニケーションにかけては妙な才能を持っていて、
こればかりはどうもかなわない。それから普通のイギリス人に「英語下手でゴ
メンなさい」というと「いいよ、僕なんか日本語全然知らないもん」と言って
くれる。こういう優しい感覚は我々日本人の気持にも非常によく似ている。

さて、ホールに入っていい場所で待っているとさっきのモリスメンの登場だ。
このチームは全員が男で12歳位の少年もいる。踊り手は6人。バンドはフィ
ドルとメロディオンとホイッスルと小さいドラムだ。メロディオンはホーナー
のERICA。モリスにはホーナー系の音に限る。モリスダンスは写真などでみてい
ただけだし、セシルシャープハウスでフリを教わっても実際どのような形で
踊られるかは知らなかったので目の鱗がボロボロだった。登場にフリがあったか
どうかは忘れたが、バンドも”モリス”の一員として揃いの衣裳を着ている。
また、決めの部分ではバンドもダンサーと同時に飛んだりもする。彼等の最初
の踊りはハンカチを持って踊るスタイルだった。ハンカチを持った踊りといっ
ても、非常に男っぽくダイナミックな踊りで、思わず「かっこいい!」とため息
が洩れる。そのダンスが済むと彼等は一度退場する。

どうやら、彼等のモリスとイギリス人による「ペルー民俗舞踊同好会」が交互に
出て踊るような趣向になっているようだ。はっきり言ってイギリス人による
ペルーの民俗舞踊はどうでもよい。どうでもよいが衣裳が綺麗だ。横で休んでる
モリスメンの方は音楽に合わせて適当に楽器を弾いて戯れている。そのダンス
がひとしきり済むとまたモリスメンの登場。次はお待ちかね、こん棒をもった
スティックダンスだ。5〜60センチ程の長さの木の棒をリズムに合わせて
おたがいでぶつけあう所が楽しい。仕草が子供のチャンバラのようでもあり、
イギリス文化の粗野で野蛮な側面も感じさせる。棒はジャンプした一番高い部分
でカーンとぶつけられたりもする。緊張感のある一瞬だ。
このモリスチームはフェスで見た中でも一番硬派のような感じがして好きな
チームだった。中でもダンサー兼メロディオン弾きのかっこいい金髪のおにい
さんがいたりなんかして、おっかけをしたいくらいであった(^_^;)。

490 [95/07/31 23:05] NBE01002 COCO/註:モリスダンス
前にセシル・シャープ・ハウスの註をつけたのですが、今度はモリスダンスの
事を補足します。FBEATの12番の部屋「アメリカンルーツミュージック」の
中でも、また日本のトラッドファンの間でも殆どといっていいほど認知されて
いないモリスダンスというシロモノ。しかし、ブリティッシュトラッドを聞く
時、アーティスト達がいろいろな形で独自の文化であるモリスを認識している
事がわかるはずです。今、トラッドというと即アイリッシュあるいはケルトと
いう図式があるようなのですが、実際はブリテン島の様々な要素が複合的に
取入れられてるんです。

先日、ブリティッシュトラッド界の一番知名度のあるバンド、フェアポート
コンベンションが来日を果たし、狭い新宿ロフトが満員電車のように混雑する
位の大入りになったのですが、彼等がモリスチューンを演奏する前にMCを
やってもそれに反応する人が皆無なのには驚きました。私はブリティッシュ・
トラッドのリスナーとしては5〜6年、初心者の粋を出ませんが、これは意外
でした。彼らによると「イングランドには世界でも有数な不可解なものが沢山
ある。例えば.......政治。それからモリス!」

モリスダンスが一体何なのか、実際にはよく私にも解らないのですが、歴史は
非常に古く、シェイクスピアの戯曲の中にも頻繁に登場するそうです。5月祭
の行事として行なわれてきたらしく、日本で言うと獅子舞の様に家々の前を
踊り歩いてその報酬として踊り手は小銭とビールを振舞われたそうです。だから
今でもモリスのチームの中には振舞酒を入れる為のジョッキを腰から下げている
人もあるそうです。このダンスの特異性は、他の様々なフォークダンスと
違って始めから”見せる”あるいは”オゼゼを貰う”ためのダンスである事と、
”厄払い””縁起物”といった民間信仰的な宗教感のあるダンスであるという
事です。今ではモリスの踊り手もみな趣味として楽しむ傾向が強いものの、
はっきりとした”誇り”日本でいう所の”心意気”のようなものが感じられる
のです。粋でいなせなモリス野郎。こういった感覚は日本人の我々でもなんと
なく懐かしさを感じてしまうのでした。

ダンスの形式は様々で、ハンカチを持って踊るスタイル、棒っきれを持って踊る
スタイル、また鹿の角を持って踊ったり(今回これは見られなかった)棒きれの
バリエーションでもう少し綺麗な刀状のうすべったい物を持って踊るスタイル
(スウォードダンス)、棒きれをもう少し綺麗にしてリボンなどを付けたもの
等様々。衣裳も様々です。モリスに分類できるのかわかりませんが、木靴を履
いてタップのように踊るクロッグダンスというのもあります。これは綺麗な
花の輪を持って踊る事もあり女性の踊り手が多いです。

モリスの伴奏の楽器としてアコーディオンが取入れられたのは当然19世紀
以降でかなり新しい事ですが、音が大きい所を買われたのでしょう。一躍花形
となりました。モリスチューンはメロディオンの初心者でも弾ける様な単純な
ものが多く、同じ曲でも地方によってバージョンが違ったりします。楽譜は
多数出ています。(代表的なのはセシルシャープによるDANCING MASTERという
のがあるが載っている曲が親しみにくい所が多少ある)
しかし、モリスチューンを綺麗に演奏するのは簡単なようで難しい。速度は
アイリッシュに比べると2倍くらい遅いけれど、その”のろさ”もダンスをイメ
ージするとしっくりくる、気持のいい速度なのです。イングランドでは一般に
2ローのD/Gのメロディオンが使われますが、これはモリスに多いGのキー
に非常に都合がよいのです。今回イングランドに行って覚えたモリスチューンに
”ORANGE IN BLOOM花咲くオレンジ”という大好きなJIG(6/8)があります。
イギリス人に言わせると”LOVELY TUNE”です。

497 [95/08/07 09:46] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 6
チッペナム、2日め、朝からホテル探し。熊ホテルにいくら頼んでも部屋が
ないという事なので、女将が教えてくれた近所のホテルを当る。勿論そこも
満配。駅の近くまで歩いていくと、TOURIST INFOMATIONがあったのでそこでも
聞いてみる。しかし、あったホテルはチッペナムではなく、バスで15分程の
所。おまけに終バスは10時だという。夫Pと顔を見合せたが「結断は後
にしよう」と彼が言う。それは正解だった。線路のガードをくぐって暫く歩く
と、PINES HOTELというB&Bがあるではないか。町の中心からもせいぜい徒歩
15分くらい。そこも一杯だろうかとおそるおそる入ってみると、インド人の
主人が応対に出てきたた。「部屋はあるか?」ときくと、主人は宿帳をめくって、
「んー、ミセスなんとか、この人は予約入れててこなかったんだよね。で、部屋
はあるよ、いつまで泊る?」といままでの苦労が嘘のようなあっけない嬉しい
答え。しっかり月曜の夜まで部屋をキープした。部屋も熊ホテルの10倍清潔、
バストイレ付きで値段も熊ホテルと大差ない。場所は少々離れているが我々に
とってこの位の距離を歩くのは何でもない。それでもまだ半信半疑だが、
これでチッペナムには連休明けの火曜の朝までいることができる。

ほくほく顔で熊ホテルに戻りおかげさんで部屋が取れたといい、しばらく荷物も
預って貰う事にして外に出る。熊ホテルのすぐそばのANGEL HOTELの前はちょっと
した広場になっていて、そこは今日から歩行者天国。そこで全国から集まった
モリスチームが代わる代わるデモンストレーションをくりひろげる。路上の
モリスも一段と雰囲気がある。大抵の場合、一番声の大きな人(FBEATの某氏の
ような人)がMCを担当し人を集める。ダンスもモリスばかりでなく、スコティ
ッシュやアイリッシュがまじる事もある。

やはり考え直して、とりあえず荷物だけをPINES HOTEL(杉ホテル?)に運ぶ事
にした。約1キロほどの距離を重い荷物(というより重くなってしまった荷物)
を持って移動し、また市街地まで戻ってきたのだがそこで夫がフェスのパスを
忘れてきた事に気がつく。我々なんぞ顔パスでいけそうなものだが、これで案外
結構チェックが厳しいのでタクシーで取りに戻る。タクシーで市街地北端のパブ
BOROUGH ARMSに行ってくれるように頼むと、一方通行のせいか、運転手は町を
大回りした。そのときにフォークフェスに訪れた人々の広大なキャンプ会場が
見えた。車があればこれも楽しそうだ。

517 [95/08/16 13:15] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 7
チッペナム2日めの昼間、めでたく宿を見つけ、セッション会場のパブ、BROUGH
ARMSへタクシーで向う。なんと、2日めからミュージックセッションは昼間と
夜の2回行なわれるのだ。なんという天国。ホストのモリスさんには宿が取れた
事などをいうが、みんな心配していてくれたらしかった。セッションに集まった
中には「ウチの妻が日本語を勉強してる」といっていた人がいた。物越しの柔ら
かなインテリジェンスのありそうな人で、鼻が高く眼鏡をかけておおざっぱに
分類するとジョン・レノンタイプ。この人はなんと我々の取ったPINES HOTELの
すぐそばに住んでいるのだという。「ホテルに帰って窓あけたらウチがみえるよ」
後でこの一言が大変助かる事になるのだった。

セッションそして街頭でのモリスのパフォーマンスを堪能しながら町を流して
いると、そろそろ我々もみんなの顔なじみになってきてどんな所でも声をかけら
れるようになってきた。「チッペナムは楽しいかい?」「そっりゃもう」
「よしよし」そんなやりとりを日に何度と繰返す。食事は町の中にあるファースト
フードのフィッシュ&チップスやフェスの出店のポテトなどをビールのつまみに
食べていた。フェス中の町の物価を一つ例にとってみると、”フィッシュフィー
スト”と名付けられたメニューが3.25ポンド(1ポンド140円位だった)。
その内訳は死ぬほどでかいフィッシュフライと死ぬほどいっぱいあるポテト
フライとレタスなどの野菜、それに飲み物がついている。日本人だったら2人前
くらいあると思う。それからビールはハーフパイント(普通の缶くらい)が約1
ポンド、1パイント(ロング缶くらい)が2ポンドくらいだ。後で聞いたがこれ
はイギリス人にとってみればフェスならではの暴利だったそうだ。
イギリスのパブで飲めるビールは日本と同じラガー、ちょっとコクのあるビター、
そしておなじみ黒ビールのギネス。最初はギネスをやっていたが、ビターの味が
妙に気にいってしまい、我々は日本に帰ってきてからもこの味を探している。
ビターは常温醗酵のビールでぬるくてもつまみがなくても美味しい。日本のビー
ルは清涼感というものを大事にするので(日本人独特の季節感からか)こういう
ビールは敬遠されがちなようだ。このビターを例の蛇口のようなサーバーで
ジョッキについでもらい綺麗なきめ細かな泡が落ちつくのを待ってからぐっと
飲干すのが最高。イギリスに行かないとこの味はそうそう味わえない。

さて午後も遅くなり、どこかでのんびりできる場所はないかと町を歩いていたが、
座る場所があるのでメイン会場のNEELD HALLの方へやってきた。催し物もこち
らは一段落し、ボランティアの人達がかたずけ等をしていた。2階のベンチに座る
とホールの中からアコーディオンの音が。半音を駆使した独特のアコの音だ。
覗いてみると、なんとジョン・カークパトリックがリハをやっているではないか。
ジョンに「ここにいてもいい?」と聞くとジョンは「ああ、いいよ」といって
くれた。

534 [95/08/18 11:48] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 8<BR> ジョン・カークパトリックのライブ、今回は全くのソロらしかった。自分の
演奏する楽器の調子をみるため一つ一つ出してPAの人と調整している。
トレードマークのイングリッシュクロマティック、コンサーティナ、そして
今回はあのホーナーの1ロー4ストップがあるではないか。ジョンが普通の
メロディオンを演奏するのだ。期待が膨らむ。リハでチョコっと弾いただけ
でも鳥肌が立つほど巧い。あれが5万円そこそこの楽器だとは。

調整が一通り終わったようなので、控室の方へ言ってみた(といってもいわゆ
る商工会議所の1室)。新しいメロディオンを買ったので、サインしてくれ、
というと快く応じてくれた。白いペンで綺麗な字でサラサラっとサインすると
そのあと少し弾いてくれる。そして夫Pに何か弾くように言うので彼は清水
の舞台から飛降りるような気持でエイヤとBALLYHOURA MAUNTAINを弾き、その
後メドレーまでしてもう1曲弾いた。ジョンが笑いながら"VERY GOOD"といった
がそろそろ時間だなぁという顔をしていたので、私は弾くのを諦めた。あとで
夫に「何で弾かないのさ」と言われたがこの時のジョンの表情を見てはこれ
以上ずうずうしくはなれないなと思ったのだ。でも、私はあとで「なんでジョン
の曲を弾かずにアイリッシュを弾いたんだ」と責めた。控室には他にも関係者がいたが
顔なじみになっていた企画委員のジャンさん(いつも首に赤いバンダナを巻いた
お兄さん)がPに"VERY VERY VERY NICE PLAYING!"と言った。勿論からかいで
はなく、嬉しかったみたいなのだ。ジョン・カークはこれから休憩時間らしく
階下に降りていった。彼は手紙をくれるといったが、いまだに来ていない。
(当然だよな)

ジョンのライブはなんと夜11:00からのはじまり。まだまだ日は高い。

541 [95/08/21 13:08] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 9
その夜はセッションは早めに切上げ、メイン会場のNEEELD HALLへ向かう。
フェスの一番の山、サタデーナイトコンサートが既に始っている。途中から
だったのでブライアン・ビーターズは逃してしまったが、会場内はかなりの
混雑で座る事もできない。しかし、演目が消化されるにしたがってお客も移動
するので(日本人のようにやせがまんなどはしないのだ)通路のたちんぼから
通路に座り、それから椅子へと次第に出世できた。私は会場の暗さと酸欠で
途中あまりの眠さに寝てしまった。またMCの英語も解らないのでこれがまた
眠気をさそう。しかし、夢心地で聞く音楽も悪くない。女性2人組のグループ
JANET RUSSELL & CHRISTINE KYDD、夫婦でギター(?)とピアノアコーディオ
ンを分担するBREGE & JOHN MORGAN等のグループが次々にステージに上がる。
お客さんの乗りも最高でMCではよく笑うし、唄は大抵のものをお客さんが
唱和している。勿論客相は様々な世代で特に中年カップルが多い。非常に長い
時間そこで過ごしたという気持になってやっとジョン・カークパトリックの
登場。時間は夜の11:30を回っていた。最初PAにアクシデントがあった
らしく係に厳しく指示をしていたが、調整をするあいだ、ステージの後に置い
てあるNEELD氏(ホールの名前になってる人)らしき人の胸像をみて「これは
誰なんだ」等と言ってみたり、スポットライトで影絵等をやってみたりして
お客を笑わせていた。今回のステージは最新アルバム「EARTHLING」からのボー
カル曲が多いようだった。唄はまたお客さんが唱和している。3ローのイング
リッシュクロマティック、コンサーティナを持替えての演奏。ホーナーの4
ストップ1ローはあまり出番がなかったが、彼がその楽器を手にとったとき
フェスで知合になったのか、客席から若い青年を呼出した。彼はクロッグを
やるらしく、ジョンのテンポの早いダンスチューンに合わせてタップを踏み
始めた。完璧なまでの演奏だ。あの1ロー4ストップに特別なリードと蛇腹が
ついているのではと思わせた。しかし、いい楽器は自分で作るもの、という
法則がここにも当てはまるようだった。あの蛇腹はよく弾き込んで柔らかく
なっているに違いない。アンコールでもジョンは青年を呼出してダンスチュ
ーンを弾いた。

コンサートが全て終わり電気がつくと、隣にはBROUGH ARMSのセッションで
会った青年が座っていた。彼は名前を聞くのを忘れたのだが(写真もない)
長髪で髭を生やしていてクリクリした人なつっこい目をしている。ファッシ
ョンもどちらかというと70年代風で最近の髭を生やしたアーロ・ガスリー
にそっくりだ。彼はセッションの間もニコニコしてすぐに寄ってくるし、何
かとやたらと目が合うねぇと2人で話していた。きっとライブの間も我々を
驚かせようと近くに座ったに違いない。彼は取り立てて楽器をプレイするわけ
ではないのだがボーンズ一組を持ってセッションには必ず来ていた。ボーンズ
は巧いのか下手なのかよくわからなかったが、とにかくアイリッシュミュー
ジックが大好きなのは間違いないらしい。それからも、彼とは会場内で何度
となく会ってしまう(^_^;)のだったが、彼は足が悪いらしく歩くのが偉く
難義そうなのが後で解った。そんな所から人に対しても親しげに接し、友達
になるのが楽しいらしかった。

546 [95/08/23 17:31] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM出店
前のアーティクルと少々前後しますが悪しからず。

フォークフェスティバルの2日めの土曜には会場のあちらこちらに出店が
出始めた。前に述べたメイン会場のレコード屋の他にはチップスとハンバーガー
の店、クラフトショップ、そして楽器屋。メイン会場の横にホブゴブリンの車が
横づけされていた。店の準備は整いお客さんも来ている。ニールが奥さんのティ
ーニさんと店番をしている。温かそうなプルオーバーにテンガロンハットが似あ
っている。彼はスティングの造作を大きめにして長髪にしたようなチョチいい男
だ。軽く挨拶をした。テント内にはホブゴブリンから持ってきたCASTGANRIや中古
のメロディオンが並んでいる。試し弾きをする人達はセッションでも出会ってる
人達。いよいよフェスティバルらしくなってきた。

日曜にはホブゴブリンの斜方向にギターショップが出現。公園の方にも手作り
ショップやフォークショップ、サウンドインタレスティングという蛇腹専門店
(ここには手紙を出していたたCOCO)等様々な楽しい店が立並びイベントが
オフの時間にブラブラ歩いていると1分おきに知合に出会うという寸法だ。

565 [95/08/30 11:10] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 10
フェス3日目、日曜の朝はコッツウォルドモリスのワークショップに出かける
事にした。ダンスのワークショップは毎日様々なものが催されていて、クロッグ
やノースウェストモリス等もあった。行ってみると講師は先日子供のモリスで
メロディオンを弾いていたオジさんだ。この人はCASTAGNARIとブリテン製の
OAKWOODというメロディオン2つを持ってきているらしかった。
しばらく様子をみていたがチームは一つ6人で人数がたらない所があったので
私も入れて貰う事にした。夫は見学。先生は「心配しないでいいよ、みんな
がやるようにすればいいから」と言ってくれた。しかし細かい指示が語学力の
なさでわからない。曲はゆったりしたジグで演奏したくなるようないい曲だ。
今日の曲はハンカチで踊るもの。6人で輪になって回ったり、2人一組で踊っ
たりする。相手の手をとって踊ったりはしない。ステップは2ステップの様だ
けれども片足をくるくる回したりしてかなり複雑だ。同じチームの若い足の
長い男の子がなかなかうまい。ステップもローテーションもよくわからないまま
踊り続けたが曲と踊りの関係は体で理解できた。踊ってみると結構キツいので
体育の時間のように時計をみながら早く終わらないかなぁ等と思った。休憩
になったので飲み物を飲んでいるとすぐに終わってしまい、パートナーのおば
さんに「ほらほらおいで〜」と呼出されたりした(^_^;)。
この曲はジグだが途中で4/4に変化する部分がある。これがケイパーという
らしく、その部分ではダンサーが非常に高くとぶフリになっている。先生が
メロディオンを弾きながら見本を示してくれるが、丁度チームのダンサーが
来ていたので見本を示してくれた。”いち、に、さ〜〜ん”、の”さ〜〜ん”
の部分で大きくバレエダンサーの様にとぶのだ。高く高くとぶので降りてくる
迄の時間が長い長い。そして手にした白いハンカチがヒラヒラと美しく舞う。

ワークショプが終わったあと、先生に曲の名前とメロディオンの事などをきいた。
曲の名前は"ORANGE IN BLOOM"。モリスの中でも"MOST LOVELY TUNE"との事。
私達はモリスチューンが好きで踊るのはイングランドに来て初めてだ等という
話もした。初めて覚えた曲はWINSTER PROSESSIONALだというと、「そうそう、
みんなそうなんだよ」と先生は言った。またメロディオンを何台持っているか
と聞くとクスリと笑って「8台」と答えた。「いやついつい増えてしまって」
というような感じだった。その中には先日のCASTAGNARIのHANDRYやOAKWOOD等
がある。OAKWOODは家具チックのブリティッシュメイドのアコで「なかなかいい」
との事だった。

566 [95/08/31 11:09] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 11
その日はやはり昼間からセッションがあった。先日BOROUGH ARMSで会ったTOMMY
のプレイヤーが言っていたROSE & CROWN BARの方に行ってみることにした。
そのパブの入口は時々モリスのデモンストレーションも行なわれ、中に入って
みると幾つかの棟に別れていて結構広い。まだセッションは始っていないようだ。
中国人の年配の男性ががらんとした店内で電卓を片手に仕事をしているようだ
った。楽器を持った人達が少しづつ集まってきたので、ニコニコしながら場所
を開けてくれた。
そのうち例のTOMMYのプレイヤーもBOROUGH ARMSの常連も現れ、誰からともなく
セッションが始った。こちらは妙にメロディオンプレイヤーが多い。さっきの
モリスの先生も奥さんを連れてやってきた。奥さんは14〜15歳の女の子の様
な=キャスケットに柄のパンツという若いスタイルだがよく見ると年をとっている。
彼女はバウロンやいろいろなパーカッションをプレイする。
また、BOROUGH ARMS で会ったどちらかというとパンクでもやりそうなスキン
ヘッドに髭の大柄な男がいた。彼はギター弾きでセッションの間に私の帽子を
ムギューと押込んでふざけたり、町で会えば「またプレイきかしてくれよ」とい
ってバウロンを叩くフリをしたり気さくな男だったが、実は結構シャイだった。
カメラを向けても下をむいてしまう。また、70代くらいのメロディオン弾き
のおばあさんや20代の「ディノバフェッティ」弾きもいた。ピアノアコ、
コンサーティナを入れると蛇腹弾きは20数名いただろうか。特筆すべきは
コンサーティナ弾き。その日はコンサーティナ弾きは一人だけだったのだが
この人が弾き出す曲がアルビオンやジョンカークといった我々の好みの曲ばかり
で、これがまためちゃくちゃうまい。
このセッションはBOROUGH ARMSと違いジャンルレスで特に蛇腹人口が多い所から
蛇腹に美味しいイングリッシュの曲ばかりが飛出す。我々が米山氏の所でセッ
ションしたり、かしわホールでやったりしているような曲がほぼ80%がた
出てくるのだ。おまけに怪しげな大きなボストンバッグにパーカッションを入
れ、つぎつぎと出してきては相の手を入れる学校の先生風の男の人までいる。
曲目としてはポピュラーなモリスチューン、カントリーダンスチューン、
ジョン・カークパトリック(記憶にあるのは”ガビンの自転車””JUMP AT THE
SUN")アルビオンバンド、アシュレー・ハッチングスのKICKIN' UP THE
SAWDUSTに入ってる曲、COOK & BULL BAND等が随分でたように思う。また、
フレンチカナディアンも人気でANDY CUTTINGのレパートリーも随分出てきた。

持込まれたアコーディオンの種類をもう一度上げると、一番多いのはホーナー
の2ローポーカーワーク、エリカで、CASTANGNARIではTOMMY,LILLY,それから
RICKを持った青二歳の生意気そうなにいちゃん(←メチャウマ)。見た事がない
CASTAGNARIの機種で表面に浮彫りのしてある機種もあった。ディノ・バフェ
ッティの小型のメロディオン、比較的廉価なDELICIA、SALTARELLEではCONNE-
MARRA IIの木のタイプであるPASTOURELLE II、等があった。

例によってBITTERを飲み、お腹が好いたので庭のグリルで焼いているハンバー
ガーを調達し、音楽に埋れながら過ごす午後。旅行の中でも最高の一時。

セッションが終わったあと、TOMMYのプレイヤーが自分たちのバンドのテープ
をくれた。バンド名はINNMINATAという。さっき友人たちには1ポンド、と言
って売っていたものをプレゼントしてくれたのだ。何人もの人が彼からテープ
を買っていた。「セッションでやった曲は大体入ってるよ」と言ったので、し
めた、と思った。彼が弾き出す曲は蛇腹に美味しそうな曲ばかりだったからだ。
INNOMINATAのカセットのラベルにサインをしてもらった、このTOMMYのプレイヤー
はGORDON CLARKという。彼は常にテープレコーダーを携帯し、知らない曲は
テープに録っていて、我々の弾く下手なプレイですらいい曲なら録ってしまう
という、その熱意には恐れ入った。後でINNOMINATAのテープを聞いてみると、
彼の選曲のセンスは素晴らしく、この辺の絶え間ないリサーチからくるものと
解った。

彼は店の外に出て、さっきのめちゃうまのコンサーティナプレイヤー=ピーター
・トリミング氏がセッションの中で弾いた曲をもう一度テープの前で弾くよう
に頼んでいた。アルビオンバンドがやっていた曲だ。我々も一緒に彼の演奏に
聞き惚れた。

643 [95/09/22 10:45] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 12
イングリッシュ蛇腹セッションのホストでTOMMYのプレイヤー、ゴードン氏にも
「休暇で来ているのか?他には何処か回ったのか」と言うような質問をされた。
そこで、彼に初めて「ハネムーン」ホリデイで来ていると言った。彼は今まで
よりも一層ニコニコしながら「夜、NEW INNというパブでセッションやるから
絶対においで」と言った。セッションは遅い午後、もう夕方といっていい時間
に終わったが、夏至まであと1ヵ月という時期のイギリスはまだまだ日が高い。
近くの教会を見たり食事をしながら夜までの時間をつぶした。メイン会場のNEELD
HALLを通り過ぎるとHOBGOBLINは閉店した後だったが閉められたテントの中から
メロディオンの音がする。きっとニールが弾いているのだろう。

夜のセッション会場はNEW INNというパブ、少し町外れにあった。しかし、宿から
は少し近い。また恐る恐るパブに入るとすでに椅子は一杯で椅子のないフロア
にも人が溢れていた。なんとHOBGOBLINのニールも奥さんと小型のメロディオン
LILLYを持って来ているではないか。われわれが椅子がなく楽器を持ったまま
ボーっと立っていると、ニールはLILLYのジェラルミンのハードケースに自分の
プルオーバーをのせて私に座るようにかしてくれた。さすが騎士道の国イギリス
の男性(*^_^*)!でもさすがに悪いのでケースだけ借りて自分のトレーナーの上に
座る事にした。ゴードン氏が我々を出迎えてくれた。みんなに聞えるように大声
で「こいつらハネムーンできてるんだぞ!」とはやしたてるので、まわりのみんな
は喚声を上げた。ニールにいたっては「えーつ、俺なんか前から知ってるのに、
そんな事全然聞いてねーぞっ!」と憤慨している。(ヒアリングは確かではない
が十中八九そういったのだと思う)しばし混乱状態の中、関係あるのかはいまだ
不明だが、5〜6人の男性達が膝をすりながら「ハイホーハイホ〜」と7人の小人
の唄を唄いながら前を横切っていった。パブでは他にTVを見る人(テレビ部屋が
あった)セッションを観戦しながらのんびりビールを飲む人、全然関係のない人
などで入乱れている。ニールはニコニコしながらいろいろ話しかけてくる。
「君たちいつ結婚したの?どこで?」「先週日本で」「僕たちは10年つれそっ
てるけど来週結婚記念日なんだよ」「それは素晴らしい!」奥さんは金髪のほっ
そりした人で、ニールが若く見えるのか、パっと見は姉さん女房に見える。
昼間は出店で奥さんに仕事を任せて自分はお客とダベっている姿が思い出された。

セッションはもうすでに始っていたようで、また誰からともなく曲がとびだす。
ニールが何かやると、みんながそれは誰の曲だ?ときく。GAS MARK5のやってい
た曲と答えていた。ゴードンが自分のTOMMYを私に貸してくれ、我々2人に
何かやるように言った。米山氏のTOMMYよりも更に年季が入って蛇腹がめちゃ
くちゃやわらかく弾きやすい。それにTOMMYは古いモデルの方がエアバルブの
機構が合理的に出来ているので空気の抜けも格段にいいのだ。二人でWINSTER
PROCESSIONALを弾くとみんなも合せて弾いてくれる。2人ですぐに弾ける曲が
ないというのでもう1曲は私一人で弾く事にした。TOMMYを手にしたのでつい
先日”かしわほーる”でやったPOINTE AU PICを弾く気分になった。弾き終わる
と昼間の浮彫り付きのCASTAGNARIを持った巧い人がやってきて「ね、その曲
モリスとかカントリーダンスじゃないと思うけど何?」と聞いてきた。
「これはWOOD & CUTTINGとスティーブ・ライリーのやってた曲でフレンチカナ
ディアンです。」「え、どのアルバムに入ってるの?」「”LISA”。でも私
キーを変えてGでやってるんです」その後は彼は聞いちゃいなかった。
「えー何何、LISA?」するとニールが割って入り「そう、LISA、いいよこれ、
今店に在庫あるよ」「えー、それほしい」商談が成立していたようだった。
(^_^;)ゴードン氏がまたやってきたのでTOMMYを返した。「君これと同じの
持ってるんだよね?」というので「うん、でも私のよりいい」と言うと彼は
怪訝そうな顔をした。「蛇腹も柔らかいし空気の抜けもいいし」と言おうと
思ったが巧く言えなかった。とにかくそのTOMMYは弾きやすかった。TOMMYも
手になじむまでは5年くらいかかるのだろうか。

647 [95/09/26 12:03] NBE01002 COCO/CHIPPENHAM 13
NEW INN(日本語で発音すると入院(^_^;))での蛇腹セッションはどんどん
盛り上がっていく。それでも早めに帰る人などがいるので、席が上座からだん
だんと空いて我々も上座に座らせて貰う事となった。アコーディオンは我々
2人で一台なので出来る曲がある方が弾いてあとはボーンズなどをやった。
右斜前にはマンドリンとボーンズの凄く巧いおじさんが座っていた。巧いので
よく観察していたら、隣に女性が座っていた。次にそのおじさんに目をやると
その女性と舌をベロベロベロタッチ(^_^;)をしている。うーむ。イギリスという
国は。
私たちの正面にはゴードン氏、そしてサルタレルを持った男性が座っている。
このサルタレの人、機種はD/GのNUAGEでまためちゃくちゃ巧い。確かTONNY HALL
がやっていたミュゼット「パリの空の下で」(だと思う)をTONY HALLよりも
巧く弾いていた。アイリッシュもキリっと巧い。この人は他にもコンサーティナ
とCASTGANRIのチビアコーディオンMIGNONも持ってきていた。

この晩のセッションは和気藹藹としたもので、ギャラリーも温かい目で見て
くれていたようだった。夫がトイレに立った時はあるおじさんが”日本に知合
が行った事がある”と話しかけてきた。私も人込みの中でみんなのまなざしが
温かくフレンドリーな感覚を感じとった。トイレに行くとこのパブはいろいろな
部屋に繋がっていて、別な場所でもセッションをやっているようだった。
"BATTERFLY"のようなアイリッシュの曲をやっているのが聞える。しかしさっきの
場所に戻ってみると別な曲をやっているのだ。まるで夢の中の迷路にいるようだ。

ニールは商売の事を気にしてか、場所が空いても上座の方へは座らず、最初と
同じ場所に座っていた。奥さんは楽器をやらないのだが、夜11時近くなり、
昼間の疲れからか椅子でうたた寝していた。ニールはそれをみてすみやかに
楽器をしまい帰って行った。”帰るね”と言っても誰も引き留めたりはしない。
「それじゃ、おやすみ」とみんながニコニコしながら言う。日本であれば「もう
帰るの〜?」といった声が出る所だが、こういう所は大人っぽくお互いの予定を
尊重し詮索したりしないイギリス人のスマートな所であろうか。(RTオチとも
似てるかなこの情景は(^_^;))我々も疲れて来たので11すぎに帰る事にした。
さっきのニール夫妻の様にさっさと荷物をまとめ帰ろうとしたが、パブを出て
少し歩いた所で夫が財布を落とした事に気がついた。戻ってみるとパブのドア
には鍵がかかっている。しかし、セッションの音は聞えるので呼鈴を何度もなら
すとやっとパブの人が出てきた。「サイフを忘れたので」というとすぐに中に
入れてくれた。サイフは落とした場所にあった。
パブからホテルまでは住宅地が続く。古い石造りの住宅だ。