1997/07/23 Wales〜Stroud


hotel 1日目ウエルズでこのホテルに泊まりました。
1階はパブの典型的なB&B

ABERGAVANNYとはアバガバニーと読む。次の朝、ホテルのお勘定を済ませ、 車を止めた回りを少し歩いて酒屋のおじさんに「アバガバニーの町はどう?」 と聞かれてああ、こう発音するのかと思った次第。お薦めのビールを聞いた ら「私自身はビターやスタウトを飲まないんだよ、ラガー専門だね」と 言われたけど、よく出るのはやっぱりギネスあたりだと言う事だった。

ABERGAVANNYから南下し、スウォンジーの海岸で一休み。海岸でクラシック 音楽をガンガンかけてたジイさんに話しかけられて会話してたら、長くな ってしまった。ジイさんは日本の事もよく知っていてびっくりしたが、「世界1の俳優はイギリス人だ」とか「シェイクスピアカントリーは絶対見ろ」「戦争はいかんよ」等等段々お説教調になって来て、話がとぎれない。しかしうまく切れ目を捉えて「では」と言ったらじいさんも椅子を畳んで車で帰っていった。

Swansea ウエルズのスウォンジーの海岸。

もうすでに午後を回っていたので一路Rod Stradling氏の住むSTROUDへ。 先だって自分たちのCD(蛇腹ホームパーティ)をRodに送ったらE-Mailでのやりとりとなり、イギリスに来るならウチへおいでよという夢のような話に発展したのだ。それになんとバンドのメンバーも呼んでくれるらしい様子。
高速M27を通りイングランドへ戻り、少し北上してグロスターシャーへ入る。いわゆるコッツウォルズ地方にある、小さな町。Rodに貰ったE-MAILでは道の番号と 目印だけが文章で記してある。WAITROSEというスーパーを同じ道を行きつ もどりつして探した。それが見つかったらあとは早い。

Rodの家は住宅街の2本の道が別れる真ん中にある。道のはすむかいは本屋などが ありちょっとした商店街だ。車を取り敢えず脇に寄せて、壁にぐるっと かこまれた家に入る。物静かでそんなに大柄でない髭の紳士が出てきた。 Rodだった。少し家から離れた所に車を止めに行った後にDannyが出てきた。 イングリッシュ・トラッドの熱狂的なファンに対して恥かしい白状をして しまうと我々はDannyをRodの弟さんだと誤解しいていた。実は奥さんで かの伝説のバンドTHE OLD SWAN BANDの発起人であり、またあのバンドの 音を決定的づけているタムバリンの奏者でもある。

Rodに荷物の運び入れを手伝って貰い、ゲストルームやバスルームを教えて 貰った後、庭でお茶やビールを御馳走になった。

rod 憧れのRod & Danny Stradling 夫妻の家にお呼ばれ。
イングリッシュ・トラッドの伝説が目の前で展開。

お土産等を渡しながら、早速蛇腹やトラッドの話に花が咲いた。この時と 次の日の午前中にかけて実にいろんな話をしたので、これからはそれを まとめて書こうと思う。


話の内容は順位不同です。(R=Rod D=Danny)

私たちのような者を招いていただいて本当に嬉しいです。
D:いえいえ、日本人がウチに来るなんて初めてだから、凄い経験よ。

R:君たちこれだけCDを作るのに随分とお金が掛かったんじゃないかい?
いえ、スタジオはメンバーの家とスタジオでやりましたし、エンジニアもいますから。彼は非常に優秀なエンジニアなんです。
R:本当にそうだね。サウンドはパーフェクトだ。
(Rodは私たちが持っているビデオの性能についても「音質が本当にいいね」と かなり音響に関しては拘る人のようだ。)

R:日本ではアイリッシュが盛んだと聴いたけど。
ええ、でもイングリッシュは殆どやってる人はいないですね。私たちの友達くらい。私たちはアイリッシュも好きだけど、ベースを使うリズミックなスタイルがやはり 好きです。
R:昔のアイリッシュや本当に田舎の地方に行くとあまりイングリッシュと変らないスタイルの奏者が多いね。君たちジャッキーデイリーは知ってる?
●勿論!
R:彼はいいよね。ジャッキーはリズミックスタイルの奏者だね。最近のルーク・ダニエルスとかB/C系のプレイヤーもよいけれど私のスタイルとは大きく違うなぁ。

●それにしてもあなたは素晴らしいプレイヤーですね。
R:いやいや、そんな事はないよ。ただ、物凄く早くに始めたからね。昔はいろんな年寄りのプレイヤーの所へ訪ねて行っては古い曲を習っていた。若いのに変人だと思われてたんだよ。でも、今は誰も生きてないねぇ。誰一人。古いプレイヤーというとSCAN TESTERとかOSCAR WOODSとか知ってる?
●ええ!彼等は曲の名前になって残ってますね。

●THE OLD SWAN BANDはとにかく私たちの友人もコピーしてました。凄い  影響力がありましたよ。
R&D:そう僕たちがあれを初めてから2〜3年したらみんな真似しはじめた。 あるフェスに行って音が聞えるのでああ自分のバンドがやってるのかなと思って行ってみると全然知らない人達が自分たちのレパートリーをやっててびっくりしたよ。

●所で幾つからメロディオン弾き始めたんですか?
R:24歳からでもう30年近いね。今53歳だから。

(最近のプレイヤーについて)
R:所でウチのバンドのPAUL BURGESSが去年か一昨年君たちらしい日本人ががFELIXTOEのフェスにいたのを見ているんだけど?
●そう、それって私たちです。最初にイングランドに来たときで、JOHN KIRKPATRICKバンドを見ました。
R:今年は何度め?
●3回目です。最初の年はJOHNとBRIAN PETERS、2回めはANDY CUTTINGの プレイを見ました。彼は素晴らしいですね。
R:アンディは凄いヤツだね。僕は彼がフレンチカナディアンを4ストップで弾くのが大好きだ。でもフランスのものをやるのはあんまり好きじゃないな。(D/Gのメロディオン=MORYで弾いてる方)ちょっと洗練されすぎてるように思う。
●私は(The House Bandの)CHRIS PARKINSONが好きなんです。
R:(オー!と頭を抱えながら大喜び)彼の事知ってるんだね。彼はウチのキッチンで何度も演奏してるよ。彼は頭脳的なプレーをするね。ベースプレイが凄く複雑で僕なんかとても真似ができない。恐らくイングランドでナンバー1だろうな。
●あなたは彼のソロアルバムの為にメロディオン貸したんですよね。
R:そう、サルタレルのコネマラ3。でもあれはジャケットの写真取って2〜3曲弾いただけですぐ返してきちゃったんだよ。
●ということは彼のメイン楽器は?
R:僕と同じNUAGEだよ。
●そうだったんだぁ!(註*今までCHRISが弾いてるのはコネマラ3だと思い込んたのだ(^_^;))
R:所でトニー・ホールは知ってる?
●勿論。彼は最高。
R:(またも大喜び)彼もイギリスでナンバー1だろうな。でもCHRISとは全然スタイルが違うね。全然違う2人のナンバー1だ。
●トニー・ホールはプロのミュージシャンじゃなく他に仕事を持ってるって  聞いた事があるんですが。
R:イギリスのトラッド界では純粋にプロでやってる人は数える程しかいないよ。JOHN KIRKPATRICKとMARTIN CARTHYくらいじゃないかな。ちなみにトニーはカートゥニストだ(日本で言うアニメーター)。グラフィックなんだ。
●どうりで絵が巧いはずだ。(彼のCDのジャケの絵はトニー自身のもの)え、ではあなたも純粋なプロではないんですか?
R:そうだよ。ダニーも僕も教師をやってたんだ。
●何を教えてたんですか?
R:テクノロジー。金属や木材の加工みたいな事だね。でももうそういう技術は古くなってしまったから。今は何でもコンピュータだしイギリスでは50になると教師は引退させられる。若いのをどんどん職につかせなくてはいけないからね。50になると”どうぞさっさとお辞め下さい”といって年金をくれるんだ。今お金はないけど、この大きな家もあるし働かなくてもなんとか生きては行ける。
●でもこの家は本当に素敵です。
R:ロンドンにいた時はうちも本当に小さかったけど、ここはいい。でも本当に安かったんだよ。僕は定年で辞めたけどダニーの方は健康上の理由で教師を辞めたんだよ。でも今は好きなことをやってるから元気だ。
●お二人には子供はいらっしゃるんですか?
R:2人。今息子と息子家族、それと娘と娘のボーイフレンドはスウィンドンの大きな1件屋で一緒に暮らしている。大家族だね。
●お子さんは何か楽器をやる?
R:ベースを弾くよ。
●POULE:じゃ僕と同じだ。
R:今、彼はエライザ・カーシーのバンドでプレイしてる。
●えええぇっ!ひょっとしてTHE KINGS OF CALICUTTのベースプレイヤーはあなたの息子さんだったんですか?私たち去年SOUTH PETHERTONのフォークフェスで見ましたよ!
R:彼はトラッドのバンドの他に自分自身のロックバンドも持ってるんだよ。
D:フォークミュージックでは少しお金が貰えるけどロックでは何にもなしよ。
(といって両方のCDとカセットを聞かせてくれる。ロックバンドの方はバリバリのロックでかなりの腕前だ。実はウチの去年のビデオにはしっかり彼が写ってます。)

●THE OLD SWAN BANDでタンバリンを演奏してたのはDannyですよね
D:ええ私よ。
●あれは本当に素晴らしいと思います。
D:でも、どれも同じよね。とはいっても私だけなのよね。あとに続く人がいない。
●(この時私はDannyのフォロワーになることを密かに決意。今タンバリン購入を計画中)
D:私たち19歳位の時にロックをききつつも年寄りの所へ行っては曲を教わってたのよ、本当に変よね。
●P:僕は今年43ですけど僕が19歳の時はクリームやレッド・ツェッペリン ローリングストーンズ、そして勿論ビートルズに夢中になってベースを 弾いてました。
D:そうそう、それが本当の19歳の音楽よね。今のイギリスでも大体そうよ。(笑)


●(先程の話題でマーティン・カーシーの事が出たので)マーティン・カー シーは今年の1月に家族と一緒に日本に来ましたよ
R:彼は日本がとても好きなんだよ。
D:ノーマがね「ダニー、あなたにお土産買ってきてあげるわ」っていうから私、着物買ってきて!って頼んだのよ。でも着物は物凄く高いから「はい、これね」ってくれたのがこのライター1つ。(笑)
(といってタバコのような形をしたライターを見せてくれた)
●日本人にとっても着物は高いですよ。
R:彼等は来週ウチに来るよ。(家族ぐるみのつきあいって事ですね)

●Rod、メロディオンは何台持ってます?
R:3台、だな。1台は(SALTARELLE)NUAGE、それから3ローのCHEVIOTでこれはG/C/F。それからホーナーのポーカーワーク。ホーナーはモリスの伴奏の時用。アウトドアで雨に降られる事もあるし、よっぱらいにビールを引っかけられる こともあるからね。SALTARELLEじゃもったいない。
●最初のメロディオンはやっぱりホーナー?
R:そうだね。昔はホーナーしか手に入らなかった。いまじゃSALTARELLEもCASTGNARIも本当に誰でもが買えるけど。昔は大変だったんだよ。
ホーナーはすぐにリードが狂うから、2台持っていてチューニングに出したら別のを弾いて、修理が返って来る頃にまた次のが狂う。とっかえひっかえで弾いてたよ。


*その後我々はSALTARELLEのその名も"MELODEON"という4ストップの機種と  SHAMROCKという4枚リード2ローの機種を見せて貰った。

R:このSHAMROCKという機種はちょっと面白いよ。4枚リードで。元々はアイリッシュのB/C用に開発された機種でキーの数も巧く出来ている。ただこれは僕がフランスに「D/Gは出来る?」ってきいたら「出来る、出来る」ってすぐに作って送ってきたものなんだよ。思うにこの楽器は大きな音でならすのがいいと思うね。でないと4枚のリードが全部よく聞えない。でも僕のバンドではこれだとフィドルの音に勝ってしまうから使えないんだよね。それにちょっと高いし。でも、正規に頼むより随分安くはなってるんだ。
●これはジャッキー・デイリーが使ってるやつですか?
R:いや、彼はNUAGEだね。その後新しいのを買ったかどうかまでわからないけど。

R:君たちは演奏はいつもどこでやってるの?
●日本には演奏が出来るフォーククラブがなかなかないんですよ。
(かしわホールなどの話をする)でも、最近東京には随分とアイリッシュパブが出来ましたよ。
D:あら!それって世界中どっこでも同じよ。イギリスでもイングリッシュよりアイリッシュの方がずっと人気があるわ。
●でも日本でもイングリッシュ・カントリーダンスをやってる非常に小さいグループがあるんですよ。
R:おお
●でも彼等はクラシカルなスタイルに拘ってるんです。プレイフォードとか。
D:確かにプレイフォードはイギリスでは非常に特殊ね。


(食事をしながら、食べ物について)
R:僕は日本の食べ物の事って何も知らないんだけど、いつもどんなものを食べてるの?
●米と魚、豆腐や野菜などが多いですけど、チャイニーズやイタリアン、勿論イングリッシュも何でも食べますよ。
R:ダニーは豆腐が嫌いなんだ。
●豆腐は日本人は大好きです。
D:近くのスーパーでも寿司は売ってるけど、私たちはどうもダメだわ。 所で寿司って日本人は毎日食べるの?
●いえ、スペシャルな食べ物です。パーティの時とかに食べます。ピザみたいなもんでしょうか。
D:なるほど。
●夫は日本食が好きです。ビールも
D:何でも好きなのね
●いや、蟹と海老はダメです。
D:イギリス人でも海老嫌いな人は多いわね。

(この日に御馳走になったのは、野菜サラダ、赤ピーマンのオーブン焼き、チキンのロースト、ポテト、全麦粉のパンなど。どれもとても美味しかった。飲み物はロゼのワインとラガーのビール。他のお宅でも思ったが意外にイギリス人は肉や魚を大量に食べない。野菜やポテトが多いが、私はこういう食事は大好きだったりするので最高である。おまけに御馳走になったのはお庭。イギリスは夏夜10時まで明るいので夕食やおもてなしは外ですることが多い。)


*とここまで書きました。日本語に置き換えると雑誌のインタビューみたいですけど、実際英語はかなりたどたどしいです(^_^;)97.8.28イギリス人どおしの日常会話がまるで聞きとれないんですよね。多分、アメリカに行けばいくらかいいのかな等とも思いますけど。でもきょとんとしてると、殆どの人がかりやすく喋ってくれます。
夕食後私たちは自分たちのビデオをRodに見せたりしていたが8時か9時ごろになってTHE ENGLISH COUNTRY DANCE BANDの仲間、Burgess夫妻がやってきた。 Paul Burgessはフィドル(John Kirkpatrick Bandのフィドラー)Janeは フィドラー兼コーラー(ダンス指導員)担当。コーラーがメンバーにいるというのはダンスバンド(ケイリーバンド)の面目躍如という所だ。我々はPaulと「NICE TO SEE YOU AGAIN」と挨拶した。でも覚えててくれただけでちょっとびっくり。アイルランドブームの昨今、イングランドのフェスをうろうろしている日本人は珍しいのだろう。

巻タバコを巻いたり、だらだらビールやワインを飲みながらセッションが始った。 Paulがフィドルを弾き始めたとたん「うわあ、あのCDの音だ」と全身の毛が逆立つ始末。それにRodの強いうねりのあるメロディオンが加わり、Janeもフィドルを弾き始めるともう3人で強力なパワーを持ったダンスバンドだ。それにダニーのタンバリンが入るとあのThe Old Swan Bandの音になる。とにかくパワーが凄い。自分も知っている曲だと一緒に弾いたが、この強力なうねりに乗っかって弾くと大舟に乗ったようにらくちんで快感だ。

Rodと会う事になったとき、CDをもう一度聞き、今までRodというプレイヤーを過小評価していた事を痛感した。それに輪をかけてプレイを目の前にしてみるといやいや凄いのなんの。彼も独自のスタイルを持った人で、その太いうねりのようなベースは迫力満点。

私は壁側に座っていたのだが、窓の向うの庭の塀に近所の子供が音をききつけたのか、よじのぼってこっちをのぞいているのが見える。私が見ているので、フィドルを弾く真似をしたり、拝む真似をしたりしていた。そんなに日本人が珍しいのか。手を振ったら振かえしてきた。無邪気というか何というか可愛い。Dannyが「どこの子かしらねぇ」と言って外に見に行ったけど、2〜3言かわして帰って来た。いつのまにかその子は塀を乗越えて敷地内に入ってきてどこかから帰って行った。

12時にBurgess夫妻は帰り、お開きになった。

Rodのお宅には2階に素晴らしいゲストルームがあってその部屋では朝の8:30にRodがお茶を持ってきてくれるまで熟睡させてもらった。それにしても一流ホテル並みのおもてなし。その日は朝食を御馳走になってから2時位までRodにはいろいろ相手をして貰って長居してしまった。話したのは前のアーティクルにある通り。

あと補足ではタフティ・スウィフトの事など。この人は私たちが最初に米山永一氏からメロディオンを習ったときに、参考になるからとレコードを貸して貰い、何度も何度も繰返し聞いた事もある。で、「今タフティはどうしてるか知ってますか?」と聞いた所、”もう5〜6年会ってないんだけど、今音楽シーンからは離れてるんじゃないかな”との残念な答えだった。

Rod にはチューンブックの事などを聞いたけど"Don't ask me,I don't read music"との事だった。それでもイタリアのチューンブックをくれて、2〜3お気に入りの曲を教えてくれた。それから、Wild BoysというCDも2つあるから、という事でおみやげに。これがまた蛇腹好きには泣けてくるようなよきCD。WILL DUKE という人とDAN QUINNという男性2人組のグループで漫才の”阪神巨人”みたいな身長デコボココンビ。で”小さい方の男(DANの方かな)がScan Testerの遺品であるコンサティーナを全て持っている”との事だった。勿論Rodの友人。(Concertina & Squeezebox誌バックナンバーに特集記事あり)

家を出た。名残おしかった。来週にはあのウォーターソン&カーシー夫妻も来るという。(うわー恐れ多い)


HOME PAGE GO BACK
NEXT PAGE